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不確実な将来に打ち勝つ戦略マネジメント〜グローバル企業へ脱皮するための要諦〜視点(1/3 ページ)

市場の異なるニーズに応えることも重要だが、開発には不確実性が伴う。不確実性を乗り越えたうえで市場が求める製品を提供するためには、何が必要か。

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Roland Berger

1、高まる不確実性とその対応

 グローバル企業と言われる多くの企業は、母国市場の成熟化と戦いながら、次なる未知の成長市場にチャレンジしている。もちろん、1種類の製品ですべての市場をカバーすることはできず、各市場で異なるニーズをしっかりと捉えた多様な製品の投入が不可欠となる。その製品投入に掛かる時間も、付加価値の増大に伴い増加の一途だ。

 一方で、開発リソースは無限ではない。むしろ常に不足している。そこで、開発を始めるにあたっては不確実な将来を可能な限り正確に予測すること、開発中にはその予測した将来が間違っていないかを常にモニタリング、マネージしていくことが必要となる。つまり、日の目を見ない開発を最小化していくアプローチが重要なのだ。

 自動車産業も不確実性と戦う産業の典型例だ。近年、車という製品にまつわる変数が急速に広がっているためだ。お客様の嗜好の多様化による新機能の搭載、販売地域拡大による現地適合ニーズ、厳しい環境規制対応に向けたエンジンやハイブリッドなどパワートレーンの多様化、政治的な思惑も絡む規制の動向などその要因も多岐にわたる。

 一方、自動車の開発には少なくとも3年から5年と長い期間がかかるため、将来の予測に即した開発が不可欠となり、前述の不確実性は避けられない。そこで、完成車メーカーが事業活動を継続、発展させていくためには、この不確実性を乗り越えた上で、安くて良い車をスピーディーに生み出していくことが必要となる。

 不確実性マネジメントで先端を走っているのは大手完成車メーカーのVolkswagen(VW)である。(図A参照)VWの戦略の柱は、衝突安全性や静粛性など、将来実現したい車の設計要件を多数のモデルで共有し、開発効率を高めつつ、魅力ある車を安価に生み出すモジュール戦略だ。VWでは、まずシナリオプランニングで20 年先の将来を「先読み」、自動車ユーザーの嗜好変化を予測すると共に、その予測に基づいて自社の差別化ポイントの設計を行う。具体的には、どのような製品・装備をいつまでにいくらで投入していくかを示す製品ロードマップや車の設計要件といった製品・技術戦略の仮説を構築していく。


VWの不確実性への対応

 さらに、その仮説を周囲に能動的に開示、対話を繰り返すことを通じて、自らの差別化を担保しつつ、共感や同意を得られる戦略へと仕上げていく。自動車部品サプライヤーや政府を能動的に巻き込み、またユーザーとの対話の中で、周囲を自社の戦略へと「引き寄せて」いくのである。

 その後、一連のモデルで将来実現したい車の乗り味、居住性、安全システムなどを車の設計要件として定義する。そして設計要件の充足およびモデル横断でのモジュール共通化を両立するために各モジュール部品の性能・形状・重量・配置などを取り決めた設計ルールを作り込んでいく。

 また、各モジュール部品には機能・価格など一定のバリエーションを準備して、その組み合わせによって、様々な派生車種や新興国向けのローコストモデルを素早く生み出す「構え」を整える。これがレゴブロックによるものづくりと言われる所以だ。さらに、この「構え」は一定の範囲内であれば突如導入された規制や先読みできなかったニーズへの対応も可能とする柔軟性も兼ね備える。

 さて、これら「先読み」、「引き寄せ」、「構え」の3つがVWの不確実性マネジメントの要諦だが、これらが有効なのは何も自動車産業に限った話ではない。どの産業でも製品や事業の特性に合わせて、これら3つの要諦をバランスよく持つことが、不確実性に打ち勝つためには極めて重要となる。

2、「先読み」: シナリオプランニングの活用

 世界で初めてシナリオプランニングの有効性を示したのは石油メジャーのシェルだ。今ではシェルの戦略立案の根幹として機能しているが、当時はたくさんの苦労があったようだ。1967年に出版された未来予測書『The Year 2000』に触発された経営企画のスタッフが、シナリオを適用して西暦2000 年時の石油産業について洞察を加えるプロジェクトを実施したのがその始まりだ。

 このプロジェクトでは、「石油価格は現状を維持する」、「OPEC(石油輸出国機構) が主導して石油価格の高騰が起こる」という2つのシナリオを導出した。(図B参照)当時のシェル経営陣は、このシナリオをまったく信じようとはしなかったが、経営企画のスタッフは自らを信じて現場部門に働き掛けるなどして、シナリオへの備えを進めたのだった。


シェルのシナリオプランニングによる先読み

 1973年に第4次中東戦争が勃発して石油危機が現実のものとなると、シェルはこのシナリオに基づいて急激な環境変化への対応に成功した。競合は事後対応となり、シナリオに沿って備えを持っていたシェルとは明らかに異なる慌しさだった。その結果、石油危機前にはセブンシスターズ(当時の国際オイルメジャー7社) の下位だったシェルは、戦争終結時には世界第2位にのし上がることに成功した。

 その後もシェルのシナリオプランニングは成果を上げてきた。1980 年代には「ソ連は現状の体制を維持する」、「ソ連は経済悪化からグリーン化(民主化) する」という2 つのシナリオを描き、ソ連でペレストロイカが始まったとき、シェルはいち早く動き、ソ連の天然ガスや油田の権益獲得で優位に交渉を進めることができたのだった。

 自動車業界では前述のVWや大手自動車部品サプライヤーのボッシュの事例が有名だ。VWのモノづくりは将来予測部によるシナリオプランニングから始まる。VWは新たな車の設計要件の検討を着手する際に、20年先までの社会の姿を、政治、経済、エネルギー、技術革新など様々な観点から検討して複数のシナリオを導き出す。

 精度を高める工夫も欠かさない。ドイツ本社では政治、経済、エネルギー、技術などの様々な専門家を登用し客観性を担保する。また、各地で販売を担う事業体もシナリオ策定に動員して、すべての国や地域で様々な指標を集めさせる。それらを相対比較しつつ、それぞれの国や地域をグローバルという物差しに当てはめ、シナリオを策定する。そうして作られたシナリオは毎年のモニタリングを通じて修正を加えていく。

 それと並行して、各シナリオにおいて、VWとして実現したい移動体や資産としての車の姿を描く。その姿は先進国、新興国、更には個々の国によっても異なり様々だ。車の姿を描いた後は、マーケティングや商品企画部と連携して製品ロードマップの作成へと繋げる。どの地域にどの車種、そしてどんな機能・装備を、どのような価格レベルで投入するかを決め、最後にそれらを組み合わせで実現するために必要なモジュールのバリエーションを定義していく。

 ボッシュも同様で、中央研究所と本社が30年先の「技術進化のメガトレンド」を定期的に予測、トップダウンでシナリオおよびビジョンを策定している。30 年前のシナリオプランニングでは、クリーン・安全性・信頼性がキーワードとして導出され、15年前は人口動態・グローバル化・天然資源の欠乏、近年は環境問題・グローバル化の加速・天然資源の欠乏へと変化した。各事業部はこのトレンドに基づいて先行技術開発を実施する。

 同時に、全世界の拠点も、ボトムアップで将来の製品ニーズを集積・解析する。例えば、全世界の交通事故データを解析し、安全系システムの次の一手を探っているのだ。そして、年3回、部門ごとのマーケティング担当者が技術動向をまとめるロードマップミーティングを実施し、製品ロードマップの作成へと繋げている。

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