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海抜零から山を創りあげ、5年以内に世界初登頂することがMITで生き残る道NTT DATA Innovation Conference 2019レポート(2/2 ページ)

テクノロジーは1年で廃れ、アプリケーションは10年で置き換えられるが、強いビジョンは100年を超えて生き続ける。デジタルトランスフォーメーションの時代を生き抜くためにはビジョンが不可欠だ。

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デジタルトランスフォーメーションの駆動力は破壊的変革

 MITメディアラボの創設者で現在会長でもあるNicholas Negroponte氏は、1995年に「Being Digital」という著書を出版している。石井氏は、「現在盛り上がっている、デジタルトランスフォーメーションのもととなる根本的理念は、この本から生まれています。ぜひ一読されることをおすすめします」と語る。

 デジタルトランスフォーメーションは、デジタル化により生産性、効率性を向上することも目的の1つだが、それ以上に破壊的な変革がその駆動力となる。例えば、2007年に登場したiPhoneは、電話やカメラ、時計をはじめ、多くの専用デバイスと機能を、その中に吸収し、いくつもの既存市場を破壊した。破壊的革新を石井氏は、2009年のアイスランドの火山噴火に例える。

 「火山の噴火により、欧州の広い空域が火山灰に覆われ、飛行機が飛べる空が突然なくなりました。火山の噴火のような破壊的な変化が起きると、飛行プランも、航路図も、飛行可能区域すら消滅するという極限状況に陥ってしまいます。こうした不連続的状況の変化を予見し、それに備えておくことが重要です」(石井氏)

 こうした群雄割拠の状況では、勝者が標準になる。それまでの標準化には、多くの人が集まり、じっくり議論して仕様書を仕上げ、それから実装するというワークフローがあった。しかし現在は、スピード感のあるアジャイル開発、永遠のベータ版がも脅威となる。ただし忘れてはいけない事は「テクノロジーが未来を創るのではなく、人間の喜びや悲しみ、孤独などが未来を創る」と、石井氏は主張する。

 「テクノロジーは、手段に過ぎません。どれだけ優れた航空エンジンを開発しても、それを搭載する航空機がなければ意味はありません。航空機が機能するためには、空母が必要です。空母を生かすためには、艦隊が必要で、最終的には、どの場所に、どのように艦隊を置くかという、変化し続ける戦局をしっかりと読んだ上での戦略が重要になります」(石井氏)

 デジタルトランスフォーメーションの敵は、前時代の教義「ドグマ」である。例えばかつて日本海海戦で勝利した将軍は、大鑑巨砲主義が既に過去のものとなったことを理解せずに、次も同じ戦い方をすると、悲惨な結果になる。時代が変化していることを認識し、柔軟に戦略を立てることが必要になる。絶対安全神話、品質至上、数量至上などのドグマはすでに崩壊し始めている。次の変化に備え、不連続な変化の衝撃波を乗り越えるためには、的確な視座と戦略を持つことが重要になる。

テクノロジーは1年で廃れるがビジョンは100年を超え生きる

 現在、石井氏は、メディア・アート&サイエンス学科に所属している。この部門は、アート、サイエンス、テクノロジー、デザインのスパイラルを回しながら新しい価値を生み出し続けていくことを目的としている。「創造的な仕事を成し遂げるためには、芸術と科学、感性と論理の両方が必要になります」と石井氏は言う。

 「変化は加速しており、テクノロジーは1年で廃れ、アプリケーションは10年で置き換えられます。しかし、強いビジョンは、100年を超えて生き続けることができます。そしてビジョンを考えた人がいなくなっても未来を照らしてくれます。だから僕の研究は、ビジョン駆動です。技術駆動でもニーズ駆動でもありません」(石井氏)

 こう語る石井氏の掲げるビジョンが、フィジカルとデジタルの境目で、本来は形のない情報を直接触れるようにするインタフェース「タンジブル・ビット」、そして物理的物体でありながら、コンピュータにより形状や性質を動的に変化できるマテリアル「ラディカル・アトムズ」である。「現在、触れることができる素材(従来のアトム)と触れることができない素材(ビットを表現するピクセル)の二つが存在します。われわれが創造しようとしている「ラディカル・アトムズ」は、まったく新しい第3の素材です」(石井氏)

 これを具現化したのが、2013年に発表された3次元で形状が変化するディスプレイ「inFORM」で、テレプレゼンスのデモが大きなインパクトを与えた。また2014年には、inFORMを3台組み合わせたタンジブルメディア「TRANSFORM」を Milano Design Week で開催された、LEXUS DESIGN AMAZING 2014 で発表し話題を呼んだ。

 石井氏は語る。「研究者にとって最も大切なのは、独創、協創、競創です。独創によりオリジナリティを徹底的に追求し、協創により仲間とビジョンを共有ながら切磋琢磨します。さらに競創で、世界のライバル達と最前線で競いあうことが重要です」と語る。

 石井氏は、MIT での25年間の研究を「造山力」という言葉に凝縮した。

「MITを選んだのは、頂が雲に隠れて見えない高い山であり、頂へと続く道がなかったからです。 しかし、MITに参加して、それは幻想だったことを思い知りました。登頂すべき山など初めから存在しておらず、その山を海抜零から創りあげ、そして5年以内に世界初登頂すること。それが、MITで生き残る道なのです」(石井氏)

3つのテーマでMITとコラボレーションするNTTデータ

 NTTデータでは、ボストンに「NTT DATA Boston Exponential Hub」を作り、従来の思考や既存事業領域にとらわれない破壊的イノベーションの創出に取り組んでいる。石井氏は、「この取り組みのパートナーとして、MITメディアラボが選ばれました」と語る。現在、NTT DATA Boston Exponential Hubでは、「Social Agents」「Emotion AI」「Cognitive Augmentation」という、3つの共同研究テーマに取り組んでいる。

 Social Agentsでは、Cynthia Breazeal教授と「教育・ヘルスケア向けのコーチングロボット」の分野でコラボレーションし、Emotion AIでは、Rosalind Picard教授と「運転中の感情・ストレスモニタリングと介入」の分野でコラボレーション。Cognitive Augmentationでは、Rosalind Picard教授と「認知症向けデジタルメモリブック」をテーマにコラボレーションをしている。

 石井氏は、「研究においては、いろいろな視点をぶつけ合い、新しいテクノロジーを駆使して、高速にプロトタイプを作り、アイデアを検証するというプロセスを何度も回すことが大切になります。NTT DATA Boston Exponential Hubの研究成果を非常に楽しみにしています」と話している。


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