スタートアップだけが花形産業じゃない!――レガシー産業が起こすイノベーションの奇跡:ITmedia エグゼクティブ勉強会リポート(1/2 ページ)
UberやAirbnbが既存のタクシー業界やホテル業界を席巻するなど、デジタルディスラプションによりレガシー産業は本当に破壊されてしまうのか。このような、レガシー産業の危機に一石を投じたのがクレストホールディングスである。
ベンチャーキャピタルから1年弱で看板屋に転職
ITmedia エグゼクティブ勉強会に、クレストホールディングス 代表取締役社長である永井俊輔氏が登場。2019年9月に発刊した著書「市場を変えろ 〜既存産業で奇跡を起こす経営戦略〜(かんき出版)」に基づいて、スタートアップではないレガシー産業が、いかにイノベーションにより市場を創出するかを自社の事例とともに紹介した。
永井氏は、2009年に大学を卒業してベンチャーキャピタルに入社し、バイアウト投資部門に配属されていた。そのベンチャーキャピタルを1年弱で退社し、父親が経営する群馬県の看板製作会社であるクレストに入社。看板の取り付けの現場作業からスタートし、現在は2代目の社長として会社を成長させ続けている。
現在、クレストは、クレストホールディングスを持ち株会社として、看板事業のクレスト、ガーデニング事業のインナチュラル、木材販売事業の東集、デザイン事業のドラミートウキョウの4社を傘下に置いている。グループ4社で、従業員数は約200人。
「業種はバラバラですが、事業のコンセプトとして、レガシー事業とイノベーション事業という2つの軸を必ず持つようにしています」と永井氏。具体的には、まずはレガシー産業で利益を創出し、その利益をイノベーション事業に投資するレガシーマーケット・イノベーション(LMI)を提唱している。
看板事業も、ガーデニング事業も、木材販売事業も、今後さらに大きな成長性が期待できる市場ではない。そこで、まずはレガシー産業の生産性を最大限に向上させて利益を増やし、その利益を使ってより成長性の高い、花形産業に変革させる。永井氏は、「クレストで約3年間、現場作業、営業をしながら学び、2014年ごろに考えた概念がLMIです」と話している。
クレストのLMIにより4年で売上を2倍に
永井氏がクレストに入社した当時から、最初に注力することとなったサイン&ディスプレイ事業、つまり看板工事とリアル店舗のショーウインドウディスプレイ等を企画・施工する事業は大きく躍進させた。第一歩として着手したのが、生産性の向上である。自社の看板製造工場・印刷工場を閉鎖し、看板製造を100%外注化した。その理由を次のように話す。
「自社工場だけで看板を製造していたのでは、生産キャパシティーに限界があり、売上高の上限がそれと一致します。劇的に売上高を引き上げる戦略に出る場合は、同時に生産キャパシティーに対して配慮しなければなりません。ここは思い切った決断をし、全ての生産を外注に切り替えることで、生産キャパシティーに気を配ることから脱却しました。当然、粗利率は低下するのですが、強い営業体制を敷いていたためトップラインの劇的増加はその粗利率の低減をカバーするほどでした」(永井氏)
生産性をさらに向上させるために、営業の人員を増やし、CRMやマーケティングオートメーションなどのデジタルを活用した営業活動にも取り組んだ。ここまでに約5年かかったが、取引先は数千社になり、売上は約3倍になった。また、顧客との直接取引の比率が9割を超えるようになってきた。
顧客にとってのメリットは、直接取引であることから低価格、小回りが利く、外注先を駆使して大量の注文にも対応できるなど。ただし看板は、1度作ると新しい店舗ができるか数年後に作り直すしかリピートが期待できない。そこで新たな事業として、頻繁にデザイン変更が期待できるウィンドウディスプレイ事業に注力した。今で言うリカーリングするビジネスである。
看板事業も、ウィンドウディスプレイ事業も、数年後に数倍に市場が拡大することは期待できない。そこで2016年ごろに考えたのが、看板やウィンドウディスプレイの効果を計測するためのカメラを取り付ける事業だった。現在、クレストの利益の一部を、AIカメラのデータ分析事業などの新規事業「リテールテック事業」に投資している。
「当時、看板やウィンドウディスプレイを、何人が見て、何人が立ち止まったかを解析できるAIカメラを使ったベンチャーが、これから数多く登場すると予想しました。現在、AIカメラのデータ分析分野には、20社程度のプレイヤーがいます。その中でクレストの強みは、毎年数万箇所のリアル店舗に施工や納品を行っている実績です」(永井氏)
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