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人間の思考、将棋AIに 異なるプロセス融合 プロ棋士・情報工学研究者、谷合廣紀

盤上の格闘技とも呼ばれる「将棋」。棋士の一手をいま、人工知能(AI)が磨いている。

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産経新聞

 9かける9、81マスに注がれる目線は鋭い。繊細な指先が誘った駒が小気味いい音を立てた。

 盤上の格闘技とも呼ばれる「将棋」。棋士の一手をいま、人工知能(AI)が磨いている。現代将棋は、もはや情報工学と無縁ではない。それでは、プロ棋士がAIを開発したら……。

 「将棋AIをいちからつくることができる棋士は自分だけだと思う」


将棋王座戦1次予選での対局。盤面への視線は鋭い=東京都渋谷区の将棋会館(鴨川一也撮影)

 勝負の世界に身を置きながら、情報工学を学ぶ。「将棋の研究に飽きたらAIを研究したりプログラミングしたり。その繰り返し」だという。

 将棋を始めたのは小学生のころだった。アマチュア有段者の祖父に教わった。

 「同じルールで大人に勝てるのが楽しかった」

 東京・千駄ケ谷の将棋会館にある将棋教室に通いつめ、棋力を上げた。一方で、熱中したのがピアノや算数、数学。小学校卒業までに、高校で学ぶ微分積分を習得した。「何でも自由にやらせてもらえる環境で、親から口を挟まれることはなかった」と振り返る。

東大合格目標に

 中学1年。プロ棋士の養成機関「奨励会」に入会した。プロ棋士資格の四段を目指しライバルたちとしのぎを削る日々。昇段を重ね高校3年のころ三段になった。

 その先、四段になるには「三段リーグ」という最大の難関が待ち受けている。22回実施され、18局を戦い、各期上位2人が四段となる。26歳の年齢制限があり26歳を超えても勝ち越せば残留できる29歳を超えると強制退会となる。

 奨励会では大学に進まず、将棋に専念するライバルも少なくない。しかし、学問でも高みを目指した。「やるからには、トップを」。負けず嫌いの性分は、東京大合格という目標を掲げさせた。三段リーグを戦いながら、1日12時間の猛勉強。理科一類に現役合格した。

 当時、将棋界ではAIの将棋ソフトが注目されていた。「将棋界に身を置く人間としてAIを勉強したい」と情報工学の道へ。電子情報学を専攻した。

 三段リーグでは足踏みが続き、年齢制限が近づいてきた。それでも「プレッシャーはあまり感じなかった」という。

 「棋士になれなくても、勉強に打ち込んだり、海外留学したりすればいいや、という感覚」

 複数のことに取り組んでいるという実感が、心のゆとりを生んでいた。

 年齢制限ぎりぎりで迎えた最後の三段リーグ。1勝3敗のスタートだったが、その後13連勝。最終戦を待たずに四段昇段を決め、令和2年4月、プロ棋士になった。

企業がスカウト

 AI研究の熱も加速していった。

 「AIを実生活に応用できないか」。プロ入り前に自動運転のコンペティションで優勝。自動運転業界のスタートアップ企業からスカウトされ、プロ入り後もエンジニアとしても勤務した。

 現在、情報工学者としての研究はもっぱら「将棋AI」だ。

 一昨年5月には「世界コンピュータ将棋選手権」に自作の将棋AIで参加し、他に類をみない技術やエンターテインメント性を示したプログラムとして「独創賞」を受賞した。芸能プロダクション大手の吉本興業に所属し、メディア出演などで将棋やAIの普及活動にも取り組む。

 「AIと人間の思考プロセスは全く違う。人間の思考を反映した将棋AIをつくりたい」

 一見相反するものの融合。それは、すでに自分の中で体現しているようだった。=敬称略

(久原昂也)


谷合廣紀

たにあい・ひろき 平成6年1月6日生まれ。東京都中央区出身。令和2年4月、史上2人目の東大出身プロ棋士に。現在は東京大大学院の博士課程に在学、棋士・情報工学者として、活動している。趣味はピアノ、ランニング。

対立関係の枠超え、共存へ

 人間とAI―ボードゲーム界で両者は長らく対立関係にあった。しかし、1997年、スーパーコンピューターが当時の世界チャンピオン、ガルリ・カスパロフを破り、囲碁では近年、「アルファ碁」がトップ棋士に勝利。将棋でも平成29年、コンピューターソフト「PONANZA(ポナンザ)」がトップ棋士を圧倒するなど、AIは瞬く間に人間を凌駕(りょうが)した。

 将棋界において、AIの活用はファンの間でも急速に広がった。将棋は局面を瞬時に解析して数億手を読み、どちらに分があるかを「評価値」という数値で表す。これによりどちらが有利で不利かアマチュアでも判別できるようになり、AIはファンにとっても身近なツールとなった。

 人間とAIは対決の枠を超え、どのようにAIを活用すれば人間の潜在能力を最大限引き出すことができるかが、課題となっている。

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