会計思考が組織を変える――全社員がBS、PLを理解した風船会計メソッドとは:ITmedia エグゼクティブ勉強会リポート(1/2 ページ)
企業の経営に欠かせないのが、貸借対照表(BS)や損益計算書(PL)といった財務諸表だ。しかし、この財務諸表の見方をどのくらいの社員が分かっているだろうか? 「風船会計メソッド」を考案し、社員全員に会計思考を持たせることで組織を改革した松本興産の松本めぐみ氏が、会計思考の重要さについて語ってくれた。
ライブ配信で開催されているITmedia エグゼクティブ勉強会に松本興産 取締役、Star Compassの 代表取締役・松本めぐみ氏が登場。自身が考案した会計メソッド「風船会計」をベースに、会計視点で社員たちと心を通わせ、経営者と従業員が共に幸せになる方法について講演を行った。
社員との対立を経て気付いた、幸せに生きるための会計思考の重要さ
松本氏が会社の経営に携わるきっかけは、埼玉県秩父郡小鹿野町にある松本興産の2代目社長との結婚で、同社の総務・経理の管掌取締役となったことだ。そして、着任早々、大きな壁にぶつかってしまう。経理未経験のため、数字と専門用語が羅列する財務諸表を読むことも理解することも出来ない。そこで、会計セミナーに通ったり顧問税理士に一から経営について教わったり、書籍を何十冊も読み努力を重ね理解できるようになる。
財務諸表が読めると会社の課題もよく見えるようになった。社員に経営状況や課題を伝えようとしてもなかなか理解してもらえない。そこで、資料を作り説明したり、KPIを詳細に設定して社員を管理しようとしたりした。その結果、松本氏は社員たちから嫌われてしまうことになる。さらに、経営側と社員の心がつながらず、30人の社員が一斉退職する事態が発生した。松本氏はその事態に心を痛め傷つくも、自分の感情にフタをして、経営者として働き続けたという。
一方で、こんなことも感じていた。会社とは自分の感情を無視して働く場所なのだろうか。経営者も社員も、そんな状態で働き続けていいわけがない、と考えた彼女は、全社員にPCM(Process Communication Model)という性格診断を実施した。そのことにより、社員一人ひとりの内面を知ることができ、異なる強みを持っていることが分かった。そして社員全員が自分の人生の成功者として人生のハンドルを自分自身で握り、ドライブできる人になってほしいと考えた。
「会社がパーパスを掲げた時に、それを実現するための数値戦略が明確に理解でき、会計思考でその数値戦略の裏側を理解できることが重要です。営業利益100億円目標と言われた場合、売り上げがこのくらいで、経費、変動費、固定費がこのくらいかかるから、これだけの売り上げが必要だ、というようなことが理解できる必要があるのです。パーパス、数値戦略、会計思考の3つが腹落ちできれば、社員が自分の仕事をドライブできるようになります」(松本氏)
右脳で理解できる「風船会計メソッド」、豚の貯金箱で感覚的に財務状況を把握する
社員に会計思考を持たせるにあたり、松本氏が考案したのが「風船会計メソッド」だ。財務諸表には貸借対照表、損益計算書、キャッシュフロー計算書などがある。松本興産に入社し、初めて経理担当となった松本氏は、その諸表を見て「これを見てどうモチベーションをあげればいいのか……」とがくぜんとしたという。自分自身も苦労して理解した経験から、現状では社員に内容を説明するのは困難である。そこで、左脳ではなく右脳で理解できるよう、イラスト化して考えるようにした。
「貸借対照表は豚の貯金箱に置き換えました。会社が創業から積み上げてきた財産が今いくら残っているのか、それを表すのが貸借対照表です。その中には現金以外の財産も入っています。さらに、豚さんはベルトをしていて、上半身と下半身が分かれています。上半身にあるのが流動資産、下半身にあるのが固定資産です。上半身は軽い資産で現金になりやすく、下半身は重たい資産で現金になりにくいものです。さらに豚の右側の、上に負債を下に純資産を記載します」(松本氏)
この豚の貯金箱を読み解く際、「縦縦横横」と見ていくことで、企業の財務体質が分かってくる。まず右縦を見ると、上が負債、下が返済の必要がない純資産となっているので、その企業の自己資本比率が分かる。国内平均では自己資本比率が40%〜50%を超えると優良企業といわれている。次に左縦の豚のベルトの位置を見る。(流動資産が多い)上半身太りなのか、(固定資産が多い)下半身太りなのか、バランスのよいずんどうなのかが分かる。これは会社によってまったく異なっており、何がいい悪いというわけではない。ただ、下半身太りの豚は固定資産が多く現金化が難しい資産を保有しているため、リスクが高いという面がある。
次に下横を見ると、その豚の性格が分かる。右下の純資産と左下の固定資産を比べてみる。固定資産は現金化しにくいリスクがあるので、純資産の範囲内であることが望ましい。しかし、固定資産が純資産より多いとその企業のイケイケ度が分かってくるのだ。「これまで積み上げてきた利益よりも、もっと投資しよう、もっと建物を建てよう」という攻めの姿勢がうかがえるのだ。これは投資の良し悪しを言っているのではなく、ここでBSを分析しておくことで、「投資が多い状況が続いているが、回収できるまで何年かかるか。この状況が続けばリスクが大きくなり、数年後にストップをかける必要が出てくるかも……」などといった分析ができる。
「私は風船会計メソッドの中で、その企業の社長の性格が分かるこの分析がもっとも好きなんです。その企業のイケイケ度が分かりますから。イケイケな投資が悪いということではありませんがでも、ここでBSを分析しておくことで、経営の先を見ることができます。BSを見ずしてPLだけを見ている経営というのは、少し危ないのです」(松本氏)
最後に見るのが上横になる。ここで分かるのが、「1年間に支払う金額を払える体力があるのか」ということだ。甘くチェックしていく場合、「流動負債」を豚の上半身に当たる「流動資産」で返済できるか。ちょっと厳しくチェックしていく場合、「流動負債」を「当座資産」で返済できるか。厳しくチェックする場合は「流動負債」を「現金」だけで返済できるか。これを確認していくことで、企業の体力が分かっていく。
「貸借対照表の理解は本当に難しくて、世の中の社長たちも理解していない人も多いといわれています。しかし、このように右脳で理解できるように変換することで、若い社員でも簡単に分かるようになります。この風船会計メソッドで重要なのは、縦縦横横というフレーズを覚えることと、自社と他社を比較することです。他社と比較することで、自社のいいところにも目がいくようになり、考え方のシフトチェンジができます。リーダーがシフトチェンジすることで、社員たちのモチベーションにも変化が出てきます」(松本氏
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