デジタル化進まぬ「博物館」 学芸員に専門人材少なく
貴重な文書や文化財をデジタル化し長期保存する「デジタルアーカイブ」の取り組みが、全国の博物館で思うように進んでいない。
貴重な文書や文化財をデジタル化し長期保存する「デジタルアーカイブ」の取り組みが、全国の博物館で思うように進んでいない。令和4年に博物館法が改正され、博物館の事業にデジタルアーカイブが追加されたが、文化庁の調査では実施予定がない施設が約5割にのぼった。背景にはデジタル知識に詳しい学芸員の不足などがあるとみられ、文化庁も対策に乗り出している。
インターネット社会の進展に伴い、資料のデジタルアーカイブの取り組みは国内外で進んできた。ネットで公開することで博物館に足を運ばなくても資料にアクセスでき、教育や芸術研究で幅広い活用が期待できるほか、災害に遭った際もバックアップとなるなどのメリットがある。
国内でも導入している博物館や美術館は多くある。東京・京都・奈良・九州の4つの国立博物館と奈良文化財研究所が共同で立ち上げたサイト「e国宝」では、それぞれの施設が所蔵する国宝や文化財を精細な画像で鑑賞できるほか、多言語での説明にも対応している。サイトでは、特別史跡・平城宮跡から出土した木簡群(国宝・奈良文化財研究所蔵)など多彩な文化財を見ることができる。国立国会図書館も400万点以上の資料をデジタル化。中には旧内務省が検閲を行い、発売禁止処分にした資料なども含まれており、貴重な研究資料として役立っている。
しかし、大半の博物館では取り組みは途上だ。令和2年度に国内の博物館を対象に行われた文化庁の調査では、デジタル保存を「実施している」と回答した博物館は24.4%にとどまり、「実施予定なし」が49.2%にのぼった。「実施を検討している」は26.4%だった。デジタル保存の専門知識を持った学芸員ら職員の有無では、「在籍していない」が73.4%で最も多く、「常勤職員が在籍」17.3%、「非常勤職員が在籍」6.5%を大きく上回った。
問題解決に向け文化庁は今年度、デジタルアーカイブに詳しい民間の専門家を博物館に派遣し、助言や指導をする調査研究を実施。来年度は約100館に専門人材を送り込むことを見込み、財務省に予算要望している。博物館振興室の担当者は「学芸員の知識だけではすぐに取り組めない館もある。専門家からノウハウを学びアーカイブ化を進めたい」と話す。
学芸員を養成している大学でも重要な課題として認識されつつある。もともと文系の色合いが濃い学芸員養成課程では、デジタル人材育成の視点が不足していた面があり、文化庁の審議会でも課題が指摘されてきた。解決に向け文部科学省は4月、大学などと連携し人文学・社会科学分野の研究者らを対象に、デジタル人材育成を進める取り組みを始めるとした。(秋山紀浩)
デジタルアーカイブ人材、活躍の幅は大きく
社会の急速なデジタル化に伴いデジタルアーカイブ人材の需要は増えつつあり、博物館以外でも活躍の幅は広がってきている。
この分野の人材育成に取り組むIT企業「誠勝(せいしょう)」(東京都)は11月、奈良女子大などを運営する奈良国立大学機構や地域と連携し、デジタル知識を有する学芸員などの人文・社会科学系の専門人材を育成する枠組みを設置。博物館だけでなく自治体や大学、民間企業など幅広い分野で資料のデジタル保存を扱える人材の育成を狙う。
同社は9月、デジタルアーカイブの可能性について大学生たちが学ぶインターンシップを開催。大学生たちは、人工知能(AI)や機械学習を使って過去の偉人の文献からあらすじや特徴的なフレーズを抽出し、それらの情報を参考に偉人の魅力を伝える展示方法を発表した。
文化庁によると、近年の学芸員資格取得者は1大学あたり25人前後で推移するものの、博物館関連施設に就職できた学生は1大学で平均1人に達しないなど、学芸員の有資格者のほとんどが関連施設で働けていないのが現状だ。一方で、デジタルアーカイブの関連業務が拡大することで、学芸員有資格者が、博物館に就職できなくとも、同様の業務に携われることができるなど、活躍の幅が広がる可能性がある。
博物館でも、増え続ける収蔵品への対応などでデジタルアーカイブは喫緊の課題だ。奈良県立民俗博物館(奈良県大和郡山市)では、昭和49年の開館時は約7600点だった収蔵品が平成29年には約4万5千点まで増加し、保管スペースが足りなくなっている。県は収蔵品のデジタルアーカイブを進めるとともに、保存しないと判断した資料の一部は現物の廃棄や除籍も検討している。
「デジタル化、現物では気付かなかった発見も」 奈良大学文学部・光石亜由美教授(日本近大文学)
デジタルアーカイブ化した資料は、高倍率での拡大や色彩の補正、モノクロ写真のカラー化なども可能で、現物では気付かなかった発見につながるという期待もある。またインターネット上で公開することで広く市民や研究者らが閲覧でき、研究の発展にも貢献できる。
これまで明治〜昭和期の奈良を撮影した写真などの資料群のデジタルアーカイブ化に取り組んできたが、背景の看板や街並み、公園に植えられた樹木の特徴などさまざまな発見があった。
「デジタル」というと情報学系のイメージが強く、文系の学生には苦手意識を持つ人もいるが、機器やシステムの発達で簡単な操作で使えるものも増えている。理系でなければ扱えないという意識は変えていく必要があるだろう。デジタルアーカイブ化した資料の活用段階では、言葉や文化、歴史に強い文系学生の活躍が期待できるはずだ。
国や自治体では博物館や図書館への予算が削減される傾向にあるが、デジタルアーカイブの推進には一定の事業費が必要となる。予算に加え、文理をドッキングさせる施策の加速化にも力を入れてほしい。
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