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「日本のインターネットの父」が読み解く文明の未来 慶應義塾大教授、村井純氏

選択次第であり得たかもしれない、この現実とは異なるもう一つの現実。それは今、「世界線」と呼ばれるようになった。

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産経新聞

 選択次第であり得たかもしれない、この現実とは異なるもう一つの現実。それは今、「世界線」と呼ばれるようになった。新年に当たり、産経新聞ではこの言葉を手がかりとして、時代を象徴する5つのキーワード(インターネット、コンプライアンス、豊かさ、結婚、戦争)を考察する連載を展開してきた。より善き未来へと通じる「世界線の歩き方」とは、どんなものだろうか。最前線で思索する識者とともに、今一度考えてみたい。


取材に応じる慶応大の村井純教授=東京都港区(鴨川一也撮影)

地球を包み込む技術

 <現代社会を「インターネット文明」として位置付けている。それ以前の文明と比べ、どのような特徴があるのか>

 19世紀に発明された蒸気機関車を考えると、より遠くまでより速く歩ける「脚」の拡張と捉えられる。そういう意味では、人間が計算をする機械として開発されたコンピューターは「脳」の機能を拡張しているといえる。

 1960年代から70年代にかけて、個々のコンピューターがネットワークによって結び付けられるようになった。コミュニケーションに役立てられるようになり、「知の共有」という機能が芽生えたわけだ。脳の働きが連結するようなものであり、それは人間の知性や心情、社会といったものに大きなインパクトを与えた。

 過去の文明も、地域を海路や空路で結んだり、電話網でつないだり、グローバル化を加速させたりしたが、それは国家のコントロール下でのことだ。対して、インターネットは地球を一つに包み込む。そんな文明は人類には経験がないものだった。


取材に応じる慶応大の村井純教授=東京都港区(鴨川一也撮影)

使えば使うほど安く、誰もが受け入れられる

 <令和7年は、マイクロソフトのWindows(ウィンドウズ)95の発売から30年の節目に当たる。当時は1割にも満たなかったインターネット利用率が、今では9割近くに達している。なぜ、これほどまでに普及したのか>

 2つの理由がある。

 手元に1台のスマートフォンがある。この機能のコンピューターは10年前なら数億円もしただろう。それが個人で買えるような価格になった。デジタルテクノロジーは「印刷技術」だといえる。半導体チップは、数多くの部数が出ると単価が安くなる。

 エコノミー・オブ・スケール(規模の経済)が効く技術だ。それが急速に広がった原因といえる。使う人が増えてくるとさらに価格が安くなり、加速度的に広がっていくという性格を持った技術だ。

 もう一つの理由は、コンピューターが誰にとっても受け入れられる技術基盤だということだ。たとえば、自動車や飛行機に、乗りたくない、移動したくないという人は少なからずいる。それは、誰もが受け入れられる技術基盤ではないということだ。脳の拡張であるコンピューターの場合は、そうではない。

 人間は一人一人が、これをやりたい、この夢を実現したい、この問題を解決したいという願望を必ず持っている。しかし、自動車では、おいしいものを食べたいとい欲望はかなえられない。飛行機では、いい音楽を聴きたいという欲望は満たせない。ところが、コンピューターではそれらすべてを大きく支援することができる。

 コンピューターは、人間が何をやりたいと思ったときに、それを支えるだけの技術だ。それは発展の仕方が、責任も含めて人間の側にあるということでもある。つまり、インターネットがどこへ行くかは、使っている人間の側にあるわけだ。

分断を修復するのも人間

 <インターネットや交流サイト(SNS)を巡っては、数多くの問題も生じている>

 SNSが社会を分断しているんじゃないか、という声はあるだろう。インターネットさえなければ、と思うこともあるかもしれない。しかし、インターネットは、いまや「酸素」のようなものだ。それなしには生活が成り立たない。


取材に応じる慶応大の村井純教授=東京都港区(鴨川一也撮影)

 ただ、その分裂を修復するのも人間の能力だ。インターネットがあるから分断が起こるのではなく、分断という、それ自体を問題視したい。インターネットによって、地球を一つに包み込む文明が誕生した。世界を一つのものとして考えられる空間を持てたということの価値を考えたい。=随時掲載


むらい・じゅん 昭和30年、東京生まれ。工学博士。1980年代に国内の大学を結ぶ日本で初めてコンピューターネットワーク「JUNET」を設立。インターネット研究コンソーシアム「WIDEプロジェクト」を立ち上げるなど、「日本のインターネットの父」と呼ばれる。著書に「インターネット文明」(岩波新書)など。

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