「地域の足を守る」幅広い視野で公共交通の持続・発展に挑戦する東急バス・古川卓社長
社長の古川卓(たかし)さんは海外でバス事業を率いた経験も生かし、外国人運転士の採用や自動運転システムの導入など、幅広い視野で公共交通の持続と発展を見据える。
東急沿線を中心に、東京23区南西部や川崎市、横浜市などでバス事業を展開する東急バス(東京都目黒区)。社長の古川卓(たかし)さん(62)は海外でバス事業を率いた経験も生かし、外国人運転士の採用や自動運転システムの導入など、幅広い視野で公共交通の持続と発展を見据える。6月には業界団体のトップにも就任。「事業を磨き続け、お子さまからお年寄りの方までお客さまをしっかりと運べる体制づくりをしていきたい」と話す。
昭和61年に東京急行電鉄(現在の東急)に入社。平成3年にバス部門の分社化に携わり、設立した東急バスの人事や運輸の部門で勤めた。印象に残っているのは、運行全体の指揮を担う営業部長を務めていた平成23年に経験した、東日本大震災だ。
首都圏でも鉄道が止まって多くの人が帰宅困難となり、人々が列をなして国道沿いを歩いていく様子を目の当たりに。テレビ中継では人で埋め尽くされた渋谷駅(渋谷区)が映し出された。「少しでも人を運べないか」と考え、遠方の営業所から臨時でバスを手配し走らせたが、渋滞の影響で通常は渋谷駅から30分ほどの二子玉川駅(世田谷区)まで8時間かかった。製油所で発生した火災の影響で燃料が不足するなどし、一時期はバスの減便にも追い込まれた。
「鉄道の代替になるどころかバスを100%走らせられず、悔しい思いをした。備えの大切さを痛感しました」。震災後には、非常時にバス車両から電気を供給できる装置を全営業所に配置するなど、災害への備えが進められた。
まちづくり主導
現在の田園都市線の西側に広がる多摩田園都市エリアは、東急グループが公共交通をベースに発展させてきた。「初めにバスを走らせ、人が住んだところに鉄道を敷いて駅からの輸送をバスが担い、徐々に線路を延ばしていった」といい、「公共交通をベースにしたまちづくりこそ、東急のまちづくり」と古川さんは話す。
この実績とノウハウを生かし、東急バスは平成24年から、現地企業と共同体を組みベトナムでのまちづくり事業に参画。バイク利用者が多いなど日本と異なる交通環境の中で公共交通を生かしたプランを提案し、古川さんは現地で立ち上げたバス会社の初代社長に。ベトナム人運転士に日本流の安全確認や接客を教えた。「初めは不安もあったが、しっかり教育をすれば日本人以上に真面目に働いてくれた」と振り返る。
外国人運転士を採用
ベトナムから帰国し、東急の国際部門を担当した後、令和3年には東急バス社長に就任。今年6月には東京バス協会の会長にも就任した。
業界を取り巻く最大の課題が運転士不足だ。新型コロナウイルス禍では乗客が減り、バスも減便。運転士の採用をストップした中で離職者もいる上、物流の「2024年問題」と呼ばれる働き方の規制も加わり、復便をしたくても戻せない状況があるという。「お客さまが減った影響もあるが、人手不足という供給側の原因も大きい」と古川さん。「路線の統廃合や減便をせざるを得なくなっている」と厳しい状況を打ち明ける。
そこで取り組みを進めているのが、外国人運転士の採用だ。深刻な人手不足を背景に昨年から特定技能制度の対象に自動車運送業分野が追加され、各地の事業者は外国人運転士の受け入れをスタート。東急バスも採用活動を行い、合格したインドネシア人運転士候補3人が先日入国した。日本人の場合よりも時間をかけ、安全確認や日本流のコミュニケーションなどを教える予定という。
「海外でのバス事業を経験している会社は他にはない。先陣を切って道をつくり、地方などの苦しんでいるバス会社さんにも活用していただきたい」と話す。
「毛細血管」の役割
同社の中途採用者は50歳前後の層も多く、採用を進めても平均年齢は下がらない傾向にあるといい、将来を見据えて外国人や若手、女性など採用の間口を広げる必要がある。運転サポートシステムの導入など高齢の運転士にも長く安全に勤めてもらえる体制づくりも進め、今年は自動運転バスの走行試験も実施した。
「バスはまちを活性化させる毛細血管のような役割を担っている」と重要性を強調する古川さん。「路線をしっかりと守り、さらにはバスに限らずあらゆるモビリティーの形を提供したい。新しい時代の東京のまちづくりに、バス、サービス、人材確保もダイバーシティーの視点に立って取り組みたいです」
(橋本愛)
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