「頭痛がする」「肺に影が見つかった」…。健康不安をスマホアプリに入力すると、「もう少し細かく聞かせて」。そんな寄り添いの対話を通じて助言を伝える医療AI(人工知能)パートナー「ユビー」が今月実用化された。月間1300万人以上が利用する症状検索サービスから発展した。知能のベースは開発者でユビー(東京都中央区)の共同代表取締役である阿部吉倫医師(35)と、同社のAIサービスを導入する医療機関を通じて蓄積した知見で生成され、受診の可否や病名の特定は避けている。「〇〇が治る」といった怪情報があふれるSNS社会に一石を投じられるか?
氾濫する情報にどう向き合うか
アプリを開くとギョロ目のキャラクターが現れ、「どんなことが気になっているの?」とチャットで話しかけてくる。「膝に鈍痛が」と告げると、「いつから?」「熱感やしびれは?」の深掘りとともに症状が整理され、運動などの対処法や関連市販薬、診療科情報などが次々と返ってきて、データが保存された。生年月日、身長、体重、生活習慣などを登録すれば誰でも無料で利用できる。
「患者さんが自己判断で適切な医療にかかるのは難しい。放置しているうちに病状が進行、ベストな治療方法にたどり着けない『医療迷子』を国民の約7割が経験している(同社調査)。この課題を解決したい」と阿部医師。5年後に、月間3千万人の利用を目指している。
東大医学部卒業後、付属病院を経て東京都健康長寿医療センター病院に勤務。「おなかが痛い」と救急外来に運ばれてきた46歳女性に対応した際の無念が、事業の原点となった。「年齢的に子宮内膜症などの可能性を考えたが、よく聞けば2年前から血便があるという。症状が出たときに来てもらえたら助けられたのに。今は早期発見で治療できる病気が大半。一家に一人私を…そんな無理なことを、テクノロジーの力で実現できたら」。平成25年に高校、大学の同級生でエンジニアの久保恒太氏とAIアルゴリズムの研究を始め、その4年後に共同代表体制でユビーを創業した。
最初に手掛けた医療機関向けのAI問診サービスは1800以上の医院や病院に導入され、第3回日本サービス大賞の厚生労働大臣賞と審査員特別賞を受賞。新型コロナウイルス禍が始まった令和2年には生活者(患者)向けの症状検索サービスを実用化、今回の医療AIパートナーへと発展した。利用者は女性7割、50代をピークに40代、20代の利用が多い。ネットが苦手な高齢者でも子や孫との連絡で使用頻度の高いLINEからの登録も可能だ。かかりつけ医との情報連携により、問診票を補完する機能も果たせるという。
同社のAI問診サービスを3年前から導入している神保町整形外科(東京都千代田区)の板倉剛院長(45)は、「AIにより患者さんが来院前に自宅で落ち着いて記入できるようになった。症状を十分に伝えることが苦手な方も多いし、こちらも事前に問診票ができていることで効率化でき、診察時のコミュニケーションに余裕がもてる」と医療AIの進展を歓迎。今回のAIパートナーについては、「今の情報仕分けサービスくらいのところで、留まってくれる方がいいのかな」と慎重姿勢だが、「相談内容を共有してもらうことで勉強にもなると思う。医者はそれぞれ、同じ症状を聞いても結論と治療方針がバラバラだったりするので、AIという第三者の視点を診療の参考にできることはメリット」
AIの性能が上がっても学習データに偽情報が含まれていれば、正しいことは教えてもらえない。フェイク情報に誘導された行動が取り返しのつかない結果を招くことは、選挙などあらゆる場面で顕在化している。
都合のいい情報を信じたいのが人間の性だが、SNSやAIの回答を丸ごと信じるのは危険だ。エビデンスに基づく医師の知見をベースにしながら、自分に合った治療にたどり着くのをAIに助けてもらうぐらいの距離感で。医学に限らず、「情報」との向き合い方が、かつてないレベルで問われている。(重松明子)
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