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「仕方ないインシデント」まで全力を尽くせるか - さくらインターネット 江草氏セキュリティリーダーの視座(1/2 ページ)

さくらインターネットに新卒入社後、わずか1年9カ月で執行役員に就任した江草氏。現在は、 技術推進統括担当執行役員およびCISO兼CIOを務め、自身もシステムを自作する異色のリーダーだ。25歳の若さで大抜擢された背景には、学生時代からの圧倒的な実装力があった。自ら手を動かすトップだからこそ描ける、セキュリティとビジネス効率の両立に迫る。

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 新卒入社からわずか1年9か月、25歳で執行役員に就いた人物がいる。さくらインターネットの技術推進統括担当執行役員兼CISO(最高情報セキュリティ責任者)兼CIO(最高情報責任者)、江草陽太氏だ。小学生でプログラミングを始めた江草氏は、さくらインターネット入社2か月でVPSサービスのバックエンドをほぼ1人で再構築した。現在でもシステムを自作する、異色のエグゼクティブである。セキュリティとビジネス効率の両立、そしてAI時代の組織防衛について考えを聞いた。



江草 陽太(EGUSA Yota)

――さくらインターネット 技術推進統括担当 執行役員 兼 最高情報セキュリティ責任者(CISO) 兼 最高情報責任者(CIO)

江草 陽太
Photo by 山田井ユウキ

 中学・高等学校時代にロボット同好会を立ち上げ、部への昇格にも尽力。大阪大学 工学部 電子情報工学科在学中から個人事業主としてシステム開発やISMSコンサルティングを手がける。2014年10月にさくらインターネット入社後、VPSのバックエンドをほぼ単独で構築し、IoTプラットフォームの立ち上げなども主導。2016年7月、入社からわずか1年9か月・25歳で技術推進統括担当の執行役員に就任。加えて現在はCISO・CIOを兼務し、情報セキュリティと技術推進の両輪で組織を牽引する。



気づけばプログラミングしていた小学生時代

――まずご経歴を教えてください。どういう経緯でITに関わるようになったのでしょうか。

江草氏: 「気づいたら」という感じで、小学生の時には家にあったMacintoshのHyperCardというプログラミングツールで触り始めていました。なぜ触り始めたのかは覚えていませんが、あえて言うなら「そこにMacがあったから」ですね(笑)。

 その後、Windows上でVisual Basic 5.0を使って素数判定プログラムを作ったり、画面の上で画像が移動したりなど、できあがったものが動作するのが楽しくて遊んでいました。

――小学生の時から「作り手側」だったんですね。誰か教えてくれる人がいたのでしょうか?

江草氏: 特に教えてくれる人はいなかったのですが、チュートリアルが家にあったので、それを見ながら作っていましたね。もしかしたら、そうやって自分で試行錯誤するのが楽しかったのかもしれません。

文化祭システムを大量開発し、根回しを学んだ中学・高校時代

――中学・高校でも創作活動を続けてきたのでしょうか。

江草氏: そうですね。中高一貫校に進学したのですが、そこでロボット同好会の設立に関わり、生徒会長も兼任しながら同好会をロボット研究部に昇格させることにも取り組みました。

 文化祭では、学校全体で利用する模擬店用発券システムを作りました。有志がさまざまな模擬店を運営しますが、そこで使用するチケットは集約して販売していました。ただ、チケットは、店舗ごとに連番で発行しなければならないなどのルールがあって意外と管理が面倒なんですね。そこで、店舗名を入れてボタンを押すと、店舗名と番号が記載された100枚つづりのチケットが印刷されて、それを切り分けて販売する運用にしました。重ねてまとめて切ると連番で重ねられた状態になるような配置に印刷されるというのが特徴です。

江草 陽太
Photo by 山田井ユウキ

 また、クイズ大会をテーマにしたクラスから頼まれて、某パネルクイズ番組そっくりのシステムを作ったり、ゲームの結果に応じてポイントを付与するシステムを作ったりもしました。「あったら嬉しいものを作る」という感覚は当時から変わっていないですね。

――そうした経験を通じて学んだことはありましたか。

江草氏: 開発の話ではないのですが、今でも強く記憶に残っているのは、同好会を部へと昇格させようとしていたときに、顧問だった化学の先生から「根回しは大丈夫?」と問われたことですね。

 達成したいことのために丁寧に準備して、周囲が納得して動いてくれる枠組みをつくる。そのスタンスを教えてもらいました。今でもすごく役立っています。

大学の業務システムを受託開発していた学生時代

――高校生で根回しまでできるんですね(笑)。大学でもプログラミングを続けていたのでしょうか。

江草氏: 大阪大学の電子情報工学科に進学し、勉強の傍ら大学生協の受託システム開発のアルバイトをしていました。

 はじめるきっかけは、私が入ったロボコンサークルの隣で活動していた鳥人間コンテストサークルの先輩に「プログラミングできるなら来ない?」と声をかけられたことです。

 受注管理、在留資格確認、施設予約などのシステムを担当しました。他大学のものも作りましたね。開発言語をPHPからPython/Djangoへ切り替えたり、サーバ管理も任されていたので、FreeBSDでストレージサーバを構築し、VMwareを使って小さなプライベートクラウドを作って運用したり、といろんなことをやりましたね。キャンパス間のVPN構築も手がけました。

江草 陽太
Photo by 山田井ユウキ

 実は学生時代、個人事業主としても活動していました。知人の紹介を受けて、一般企業の社内クラウド構築やActive Directoryの導入などを手掛けていました。

 ある会社の社長からセキュリティ強化を相談された際には、「ISMS(Information Security Management System)を取得したいが、継続性のないコンサルタントには頼みたくないのでお願い」と依頼され、自分でISMSについて学び、情報システム担当者として審査に臨み、認証を得たこともありました。当時の知識が今のCISO職でも役立っており、「まさかあとからこんなに役立つとは」という感想です。

「私でよければやります」――25歳、執行役員への決断

――大学生にして、すでに一般的な企業の情報システム部よりも経験を積んでいますね。その経験を引っ提げて、大学卒業後にさくらインターネットさんへ入社したわけですね

江草氏: 実は、大学卒業後、大学院に進学したのですが、ほぼ不登校状態でしたね(笑)。進学した年の4月にはさくらインターネットに入社エントリーを出して、5月に面接、10月に入社しました。

 入社後はVPS(Virtual Private Server)などを担う部署に配属されました。ちょうどVPSサービスのリニューアルが計画されており、配属後すぐに見せてもらったのがリニューアル後の新画面です。「かなりできてるじゃないですか」と思ったら、完全なモックで、バックエンドに関しては、フレームワークなどの選定はあれども、実装は1つもない状態でした。「じゃあ作るか」と自ら手を挙げ、約2か月でリリースまでこぎつけました。

 ところが、リリース後にパフォーマンス面で問題が出てきました。調べた結果、PHPとフレームワークのせいであることがわかったので、「もうPHPやめよう」と宣言し、翌年まったく同じシステムをPython/Djangoで一から作り直しましたね(笑)。

 その後、IoTプラットフォームの設計・開発に着手。LTE通信モジュールのファームウェアを自作し、協力会社の担当者と夜な夜な埼玉の工場に駆けつけて量産ラインについて相談していました。ハードウェアからサーバまでを担当した面白いプロジェクトでしたね。

――執行役員になったのが、入社からわずか1年9か月ですよね。どういった経緯だったのでしょうか。

江草氏: 当時、サービスを横断して技術全体を見ている人がいなかったんです。事業部が分かれていたので、「VPSのことは知っているけれど、専用サーバやレンタルサーバのことは知らない」という状態でした。

 これでは戦略も立てづらいし、無駄も出るので、当時の社長に「全体を見る人がいたほうがいいですよ」と進言したんです。そうしたら「江草さんがやりますか?」と聞かれて、「私でよければやります」と答えたのが決め手になりました(笑)。

――入社2年目でその決断はすごいですね。当時は大変でしたか?

江草氏: 執行役員就任と同時に技術本部の副部長も兼任することになり、200人規模の技術本部を別の役員と半々で担当することになりました。いきなり100人の上司になって、1 on 1などの会議が山のように入ってくるわけです。

江草 陽太
Photo by 山田井ユウキ

 「執行役員業務をしているのか、部門長業務をしているのか、どっちなんだ」という状態が続いて、しばらくして「部門長はもう無理です」と副部長を降りることにしました。経営と執行の分離を考えても執行役員が部門長を兼任するのは良くない、という認識もありました。

 当時は「技術推進統括担当の執行役員」です。その後、CISOが付き、さらにCIOが加わって現在の役職になりました。

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