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東京電力の存続は「前提条件」か藤田正美の「まるごとオブザーバー」(1/2 ページ)

一般に企業が何らかの形で人々に損害を負わせた場合、それを賠償するのは企業の責任である。

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企業の責任とは

 一般に企業が何らかの形で人々に損害を負わせた場合、それを賠償するのは企業の責任である。そして賠償責任を果たした、あるいは果たそうとした結果、企業の経営が成り立たなくなれば、その企業は倒産せざるをえない。もちろん株主が保有していた株券は紙くずとなり、その企業に融資していた銀行やその企業の社債の保有者も何らかの形で債権を放棄せざるをえなくなる。これがまさに東京電力の現状である。

 しかし、東京電力や経産省、そして菅政権もそうは考えていないように思える。東京電力という会社を温存しつつ、被害者に対する賠償金の支払いをするために、原子力発電所を保有する電力会社や国の支援によって新しい機構をつくり、東京電力は基本的に存続させるという案を閣議決定した。

 東京電力の清水社長は国会答弁の中で、社債や借り入れによる資金調達が難しくなっており、賠償金の迅速な支払いに支障が出る恐れがある。新しい機構に関する法律を速やかに通してもらいたい、と語った。まるで被災者を「人質」に取っているようだと言っては、東電に対してあまりに辛辣すぎるだろうか。

 今回の東電の対応を見ていると、「経営責任」を取るという姿勢はまったくと言っていいほど見られない。「想定外」の津波に襲われたことがすべてであり、その「想定」を決めたのは国だから、経営者としての責任はまったくないというのがその論理だろう。これまでの経営陣の発言の中で、天災というだけでなく「人災」の部分もあると認めたのは、鼓副社長だけだったと記憶する。

 東電側の経営責任を回避する姿勢は、国民感情から言えば到底受け入れられない。想定外の地震と津波が来ても、運転中だった東北電力の女川原発は生き残ったし、東京電力の福島第二原発も生き残った。要するに、非常用電源と緊急時冷却システムさえ無事だったら、津波に耐える原子炉建屋に設置しさえすれば、世界最悪の原子炉事故にならずにすんだのである。結果責任を問われるのが経営者であるから、それから逃れることはできない。

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