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4000人のルート営業はすべて正社員 茶産業育成を支援する伊藤園ポーター賞企業に学ぶ、ライバルに差をつける競争戦略(1/3 ページ)

原材料が高い自然素材を中心とした清涼飲料に特化してビジネスを展開する伊藤園は、なぜ飲料業界平均よりも高い収益性を実現しているのだろうか。同社の競争戦略の核心を聞く。

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 優れた競争戦略を持つ企業や事業を表彰する「ポーター賞」(一橋大学大学院 国際企業戦略研究科主催)。2013年度に受賞した1社である伊藤園は、緑茶を中心とした事業に特化することで、ビジネスのコアを作り上げてきた。

 2013年4月期の決算資料によると、主力製品である緑茶飲料市場のシェアは37%、上位7社では45%に上る。2014年4月期の売上高は4377億5500万円(前年同期比8.4%増)、営業利益は211億円(同4.2%増)と成長を続けている(連結ベース)。長期経営ビジョンへの通過点として売上高5000億円を目標に、世界を代表するティーカンパニーを目指しているのだ。

 こうした伊藤園のユニークな戦略について、ポーター賞の運営委員会メンバーである一橋大学大学院 国際企業戦略研究科の大薗恵美教授が、同社 CSR推進部長の笹谷秀光取締役に聞いた。


アルコールは扱わない

大薗 昨年末にポーター賞を受賞したことを受けて、社内外での反響はありましたか。

笹谷 伊藤園ではこれまでも戦略の独自性を目指し、ユニークさを求めてきました。そのことを外部から客観的に評価いただいたのは励みとなり、経営陣も嬉しく思っていました。また、ユニークな競争戦略に加えて、ポーター教授が提唱するCSV(Creating Shared Value:共通価値の創造)も競争力を補強する戦略として取り入れたいと考えていたので、非常にタイミングが良い受賞となりました。

伊藤園 CSR推進部長の笹谷秀光取締役
伊藤園 CSR推進部長の笹谷秀光取締役

大薗 伊藤園は、「お〜いお茶」に代表される日本茶飲料をはじめ、飲料商品ラインアップが自然素材を中心とした清涼飲料に特化しています。一方で、アルコール飲料は扱っていません。経済的に考えれば茶葉や野菜、果物だと原材料高になるにもかかわらず、伊藤園は業界平均よりも高い収益性を達成しています。ここにユニーク性があると考えています。

 通常の戦略論であれば、原材料が高くても、その分価格を高く設定してスプレッドを取ることを考えるわけですが、飲料業界では、そういうわけにもいきません。自動販売機であれば、価格は横並びですし。こうした中、ブランディングにおいて、他社との差別化のポイントは何でしょうか。

笹谷 創業以来、伊藤園では製品開発に独自性を持っています。具体的には、「自然」「健康」「安全」「良いデザイン」「おいしい」の5つを製品開発コンセプトに掲げています。

 また、顧客との接点を大事にしています。例えば、お〜いお茶シリーズでは、「緑茶」「濃いお茶」「ほうじ茶」「玄米茶」「ぞっこん」と、幅広い種類を用意し、消費者のニーズに合わせて容量や容器も幅広くご用意しています。

茶葉の全量買い上げで農家を支援

大薗 イノベーションというのが伊藤園のキーワードだと思います。元々は茶葉の卸売だった会社が、茶葉のパック入り商品を開発し、スーパーマーケットに新たな市場を作りました。飲料事業においても、後発で参入したわけですが、1980年に缶入りウーロン茶を、1985年には缶入り緑茶を、1990年にはPETボトル入り緑茶飲料、2000年にはホット用PETボトル製品を発売するなど、無糖飲料市場をリードしました。このように繰り返しイノベーションを起こすことができるのは、会社の体質であるように思えます。イノベーションし続ける組織作りにおいてどのような工夫があるのでしょうか。

一橋大学大学院 国際企業戦略研究科の大薗恵美教授
一橋大学大学院 国際企業戦略研究科の大薗恵美教授

笹谷 すべての活動が「お客様第一主義」という伊藤園の経営理念に結実していることが大きいです。お客様の定義は、消費者、株主、金融機関、取引先、パートナー企業、地域社会などマルチステークホルダーで、それぞれと接点を持つ社員全員が経営理念を実践します。

 もう1つは、顧客が「今でもなお何を不満に思っているか」という問い掛けを常にするようにしています。伊藤園ではこれを「STILL NOW」と呼んでいます。そうすることで、どこに顧客のニーズやウォンツがあるかを考える習慣がつくのです。

 お客様第一主義とSTILL NOWをベースにした考え方をきちんと商品開発につなげていく仕組みを社内に持っているのが大きな特徴といえるでしょう。

 商品開発については、社内提案制度があり、商品開発セクション以外の社員も含めて全社員から年間で2万件を超える商品アイデアが集まります。これもイノベーションを生むための仕組みといえます。

 イノベーションの源泉は、バリューチェーンにも見られます。調達、製造、販売、消費とそれぞれの段階で工夫がなされています。その一例が、茶葉の品質確保のために社員が茶市場に出向き、品質を見極めて直接仕入れをする方法に加えて導入している、茶産地育成事業です。

 茶産地育成事業は大きく2つの柱から成ります。1つは、さまざまな地域の茶農家と契約栽培を行うこと、1970年代から開始しています。

 もう1つは、耕作放棄地なども活用して茶園に育成する活動で、2001年から取り組んでいる新産地事業です。これは国内の耕作放棄地などを利用した大規模な茶園の育成造成事業で、茶園の造成と茶葉の生産は、地元の農業者が主体となっていただきます。伊藤園は生産に関する技術やノウハウを提供します。

 背景として、伊藤園では日本の荒茶(生葉を蒸してもみ乾したままの茶)の約4分の1を取り扱っていますが、農家の後継者不足、自給率低下、有害鳥獣などさまざまな問題によって年々、日本の茶園面積が減少していることがありました。農家をどう支援するか考えたとき、茶葉の全量買い上げ契約を結べば農家は安定するのではないかという結論に達しました。

 茶産地育成事業は農家にとっては経営安定、地域にとっては耕作放棄地の解消、雇用の創出、伊藤園にとっては原料の安定調達という三者の間での共有価値が生まれCSVになっています。茶産地育成事業を強化することで、CSVという考え方で伊藤園の競争戦略をさらにとして補強していきたいです。 社内的にもCSVの理解を深めて、現場での人と人とのつながりをさらに強化していくつもりです。

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