論拠の見える化に必要なのはITではなくヒト:ITmedia エグゼクティブセミナーリポート(1/3 ページ)
根拠の見える化はITという道具によって可能となる。しかし論拠の見える化は、分析と討議によって可能となるものだという。
早稲田大学IT戦略研究所所長の根来龍之氏は、3月18日に開かれた経営層向けイベント「第4回エグゼクティブセミナー」で、「『見える化』の目的とITの生かし方」と題した特別講演を行った。
ドイツの秘密兵器はどこを狙っているのか
根来氏はまず、論理学者トゥールミンの定義に沿って「主張」「議論」「論拠」の3つを位置付けた。主張とは特定の論拠に訴えて成立するものであり、根拠とは主張に対する具体的な証拠すなわちデータ、論拠とは根拠が主張と関連付けられる理由であり議論の前提ということになる。
こうした定義を示した上で、認知心理学の例題を示した。
第二次世界大戦中、ドイツは現代の巡航ミサイルのルーツとなった「V1」と、弾道ミサイルに相当する「V2」という秘密兵器を開発しイギリス本土を攻撃した。ロンドンの市街地にはV1およびV2が数多く着弾、市民は逃げまどう中で、ドイツ軍の狙いを知りたいと考えた。それが分かるなら危険な場所を避けられるからだ。
「着弾地点を地図上に並べてみると均等ではなかった。地図を東西南北の線で区切れば、右上の領域では着弾数が少なく、左上と右下の領域が多い。着弾数の多いところは、敵が狙いを定めている地域ではないかと考えられた」(根来氏)
そのデータから、着弾が少ない場所を選んで逃げればよい、という主張と、むしろ逆に着弾の多い場所を選べばよい、という主張が出た。前者は、敵の狙いから遠ざかるために被害に遭いにくくなるという説。後者は、敵は効果を上げたと判断して別の狙いに移るだろうという説であった。
ここで、地図の東西南北による直交座標でなく、図の対角線に座標軸を引いてみると、いずれの領域もほぼ均等に着弾していると読み取れるようになってしまう。
実際には、戦後になって判明するのだが、V1もV2も誘導装置などを備えておらず、2万1000発を発射して着弾は7000発という、命中精度どころか到達率も非常に低いものだった。暗黙のうちに前提とされていた論拠が実態とは異なっていた。
「着弾地点のデータの読み取り方で、意味が変わってくる。データによって裏付けられた主張は説得力を持つものだが、実はそのデータ自体が論拠によって違った見方になってしまう。論拠が、根拠と主張をつなぐ役目をしており、データを意味づける役割を果たしているのだ」(根来氏)
しかし、論拠というのは、しばしば暗黙のうちに前提とされていて気付きにくいものだ。
「データや事実の根拠をもとに主張を行う際には、論拠を明確にしていかない限り、それが正しいとは言い切れない。それゆえに、論拠の見える化が、もっと必要なのではないか」と根来氏は言う。
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