論拠の見える化に必要なのはITではなくヒト:ITmedia エグゼクティブセミナーリポート(2/3 ページ)
根拠の見える化はITという道具によって可能となる。しかし論拠の見える化は、分析と討議によって可能となるものだという。
3つの論拠における「見える化」の必要性
根来氏は、実世界のヒト・モノ・カネを動かす際に、コトすなわち情報が活用されていると説明する。
「現代の企業において、情報システムは実世界のシミュレータとして使われている。実世界の情報を仮想世界に取り込んでシミュレートし、逆にその結果として提供される情報が実世界を動かすために使われる。情報とは、データ+意味。システム内で意味付けが行われていることになる」
しかし仮想世界を格納するコンピュータ上のリソースは有限だ。実世界のすべてのデータを入れることはできない。一方、論拠には、先に触れたように思いや理念、価値が反映されるものである。根来氏は、企業における論拠として「オペレーション」「収益」「戦略」の3つを軸としていくつかの例を紹介し、論拠の見える化について説明を加えた。
オペレーションの見える化は、トヨタのカイゼンが良い例だ。作業を改善するために数多くの工夫をし続けているが、その論拠としては、根来氏によると、「実は、論拠に対する議論はあまり行われていない。オペレーションの上では、論拠は分かりやすいのだ」という。だから、問題があるコト、事実を見える化すれば現場改善につながる。
「例えば、トラブルがあればラインを止める。そうすると在庫の水準を下げることになり、あたかも隠れた岩が水面から顔を出してくるように、隠れていた問題が見えてくる。オペレーションの場合は、このように問題を浮き彫りにすればいい。そうすれば緊張感が生じて、モチベーションにつながる。現実を突きつければヒトは動く、というわけだ」(根来氏)
続いて、収益の見える化だ。営業効率というのは、同じように「コト」を見える化するといっても、生産ラインのようにはいかない。根来氏は、人材派遣会社の例で説明した。
スタッフサービスは、迅速性を特に重視した営業スタイルを採っている。「Arrival25」というサービスでは、電話でのオーダーを受け付けてから25分以内に、エリア担当の営業が顧客企業を訪問するというもの。さらに「2時間人選」では、受注した顧客ニーズと登録スタッフとのマッチングを瞬時に行い、オーダーから2時間以内で適任者を選定するという。
「他社より早く、営業が顧客を訪問し、さらに人選も素早く行うことで、後発ながら業界大手のパソナを抜いた。マッチングに際しては、迅速さを優先するために、顧客ニーズとスタッフのスキルが完全に適合しなくてもいい、というルールも用いているという。面談を行えば、それでも十分として採用されることが多いから」(根来氏)
では、この場合の論拠は、どのようなものか。「営業プロセスの詳細を把握すること」と根来氏は説明する。「本部が営業プロセスを詳細に把握すれば、売り上げが増えるという論拠だ。しかし、果たしてそれは自明だろうか」
オペレーションの見える化でも、自明とは言い難い例もある。石井食品はトレーサビリティシステムを導入し、いわば「履歴の見える化」を行っている。袋詰め段階で「個別品質保証番号」を添付し、サイト上で個々の商品の原材料や産地、アレルギー情報、遺伝子組み換え情報、農薬検査情報などを検索できるようにした。
「ここでの論拠は、『顧客にデータを開示すれば顧客の信頼が高まる』というコトになる。しかし、以上の3つの例ではどんどん自明度が下がってくるように思われる。石井食品の取り組みは昨今の事情から考えても評価すべきものだし成功してほしいとは思うが、サプライヤーからデータを集めるなどの手間が掛かる上にシステムのコストも高く、しかも実際にどれだけ利用されているか疑問である。システムの存在自体は顧客の信頼獲得に役立つだろう。しかし、『このシステムがあるから石井食品の商品を買う』という行動につながるかどうか」(根来氏)
どこまで自明と言えるか、根来氏は同じ業種のライバルであるスタッフサービスとパソナの比較で「戦略」の見える化を説明する。実は、この2社の戦略は大きく異なっている。顧客も、機能も、商品も違う。そこから導き出されたビジネスの前提、すなわち論拠もまた、大きく異なるものとなっている。
「この戦略モデルの違いから、『Arrival25』『2時間人選』のようなサービスはパソナにおいては適合しないことが分かる。同じ業種に属しているが、戦略の違い、あるいは媒介する論拠の違いから、営業の見える化においては同じような方法が使えないのだ。それゆえに、自明度の低い論拠においては、論拠自体の見える化、コンセンサスが必要となる」と根来氏は語り、「ビジネスモデル」こそが根拠と主張をつなぐものとして重要だと強調した。
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