顧客の経験価値とはいったい何?:トレンドフォーカス(1/2 ページ)
Web2.0の浸透は、企業中心から消費者中心へと市場を大きくシフトさせた。企業主導の広告や販売戦略は影響力を弱め、顧客の発言が大きな力を持ち始める中、顧客側が望む企業との接点を「経験価値」の観点から管理するCEM(Customer Experience Management:顧客経験管理)が、今後のビジネスにおける成功のカギを握るとみられている。
CRMの失望とCEMへの期待
顧客との継続的関係を維持するアプローチは、1980年代に登場したリレーションシップ・マーケティングや、90年代のワン・トゥ・ワン・マーケティングを経て、2000年を前にCRM(顧客関係管理)として開花。顧客の購買行動を分析し、そのプロセスを管理することを重点目的としたCRMは、一世を風靡した。
しかし、取引やオペレーションに焦点を絞りすぎ、限定された接点(コールセンター、メール、購買履歴など)による量的な情報の記録に集中するなど、顧客との情緒的な関係(リレーションシップ)を築けないとの批判から、一時はその理念や効果の是非が議論されることとなる。
そんな中、機能的な製品特性や取引のみならず、意思決定や購入、使用を通じて顧客が企業との接点で体験するすべてのプロセスを管理し、その「経験価値」を高めようとする考えが起こっている。
ここ数年のCRM関係団体の世界大会でも、「カスタマー・エクスペリエンス」というキーワードが頻繁に使われ、それを軸にしたマネジメントとしてのCEMが注目されているのだ。
経験価値とは、製品やサービスを使用した顧客自身の経験によってもたらされる価値のことで、一人ひとりが感じる感動や快楽などが由来となる。また、顧客を「購入者」として位置付けるのではなく「最終利用者」ととらえるのもポイントだ。
顧客を単なる「購入者」と見た場合、何らかの目的を前提として製品・サービスを購入するものと考え、その物理的機能で顧客を満足させようとする傾向がある。だが、「最終利用者」としてみると、「顧客の思い出づくり」のためのマーケティング活動を目指すため、企業は製品・サービスの使用経験を通じた心地良い感動を提供することに努力するようになる。
「顧客による経験」が他社との差別化に
経験価値ブームに火を点けたのが、米コロンビア大学ビジネススクール教授、バーンド・H・シュミット氏の著書「経験価値マーケティング」と「経験価値マネジメント」である。シュミット氏は、その著書の中で、CEMを「顧客と、製品や企業との関係全体を戦略的にマネジメントするプロセス」とし、その実現のためのフレームワークを5段階で定義している。マーケティングコンセプト(取引の記録)ではなく、真に顧客に焦点を置いたマネジメントコンセプト(顧客とのリッチな関係づくり)に移行するという意味において、CEMはCRMを超える効果をもたらすという。
ただし、CEMは顧客の経験の感覚的、感情的要素を最大化できるという考え方であって、CRMに置き換わる新たなソリューションということではない。
また、CEMと並ぶキーワードに、「コ・クリエーション」がある。これは米ミシガン大学ビジネススクール教授がC.K.プラハラード、ベンカト・ラマスワミ両氏の共著「価値共創の未来へ―顧客と企業のCo‐Creation」で唱えられたものだ。「顧客とともに経験をつくる」というコンセプトで、企業主体の価値創造から顧客中心の「価値共創」を目指す、新しいパラダイムを示す言葉として使われている。
現在のような成熟化した社会においては、苦労して開発した商品やサービスも即座にコモディティ化し、商品自体で差別化することが困難になっている。こんな時代には、商品ではなく「顧客の参画によって創出される経験」で他社と差別化を図るのが、CEMでありコ・クリエーションの基本的な考えというわけだ。
また、今、経験価値が注目されるのに、Web2・0という事象が大きく影響しているのは確かなようだ。CGM(Consumer Generated Media、消費者がつくる情報媒体)やUGC(User Generated Contents、ユーザーが作成するコンテンツ)などの登場で消費者の間ではネットワーク化が進み、積極的に企業に関与して、自分たちにとって最適な価値を求める傾向が強まっている。
「それは、コミュ二ティーの中の相互作用ともいうべき影響で、もはやCRMの中心にあったワン・トゥ・ワンの姿ではない」と語るのは、デジタルハリウッド大学デジタルコミュニケーション学部教授で、人材ラボの上席研究員を務める匠英一氏だ。「顧客経験価値は、必ずしも顧客中心、顧客満足を突き詰めるものではなく、顧客参画型の場をつくり、経験内容をより豊かにするためのコミュ二ティーづくりをサポートするもの」と同氏はいう。
匠氏の近著「顧客見える化」(同友館)では、顧客の表面的な購買行動・購買履歴からではなく、顧客の無意識にある本質的な行動を見える化することが重要だとされている。
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