業務改革の契機となったノウハウ未継承問題――三菱商事の事例から
三菱商事のイノベーション事業グループCIOを務める大三川氏がグループ会社に出向していた2004年に“事件”が発生。それをきっかけに業務改革を強く推し進めていくことになる。
「取引量が急増した途端、ある支店の業務が回りきらなくなった」――。そう語るのは三菱商事イノベーション事業グループCIO(グループ最高情報責任者)である大三川越朗氏。かつて同社のある支店で、造船メーカーとの営業取引が急激に増えたことで、鉄鋼メーカーへの発注業務調整や納期順守フォローなどが追いつかなくなってしまった経験がある。なぜそうした事態に陥ってしまったのか。
1974年のオイルショック後国内の造船用鋼材消費量は大幅な落ち込みを見せた。大三川氏が鉄鋼部門に入社した1977年以降しばらく増減を繰り返したが、1990年から右肩上がりを続け、三菱商事も造船分野の取り扱いを伸ばしてきた。ところがある支店では2000年に取引量が半分近くまで落ち込み、その後4年ほどそれが継続することがあった。取り扱いの減少に伴い営業スタッフ、事務スタッフを半減させ、少ない人員と派遣社員の起用で業務をカバーし何とか乗り切っていた。
その後2004年に客先である造船メーカーの工事量が急増し、取引が再び活発になった。しかし既に人員を削減していたため、増え続ける業務に対応するには人手が足りなかった。加えて、ベテランの営業担当者の転勤や事務スタッフの退職などもあり、業務に遅れと混乱が生じた。
業務のノウハウが失われていた
当時、グループ会社のアイ・ティ・フロンティアに出向していた大三川氏は、同支店からの要請に応え支援に乗り出した。インタビュー調査を進めていくと2つの問題点が浮かび上がった。1つは業務全体を知る人が少なくなっていたこと、もう1つはITと業務プロセスの関係を理解する人がいなかったことである。
造船所向けの鋼材流通業界でのIT活用の歴史は長く、この支店の業務も同様にITシステムへの依存度の高いものになっていた。1970年代には造船メーカーから電子データで注文をもらい、鉄鋼メーカー各社の注文フォーマットに置き換えて発注したり、代金回収事務も電子化された請求情報や検収情報を活用し、その処理はシステム化されていた。
80年代には、鉄鋼の生産の進ちょく状況を適時チェックできるシステムを構築し、造船メーカーへの納品が遅れることのない体制づくりに努めた。90年代には、発注から納品までのサイクルの電子データ化が進み、企業間の商取引に関する情報を標準的な形式に統一するという鉄鋼業界におけるEDIが出来あがっていた。
仕事が多いときにはITを活用し業務改善に努めていたが、「取扱量が少なかった数年間はITを活用しなくとも業務が回る状況だったため、これまで蓄積されてきたスキルやノウハウが継承されることなく人が代わり、時が過ぎてしまった」と大三川氏は残念がった。
そこでアイ・ティ・フロンティアのコンサルタントとともに、業務プロセスの可視化や社員に必要な共通知識の確認に取り組んだ。この作業により問題点の7割は解決した。しかし、業務プロセスの可視化は最初の一歩に過ぎなかった。
「可視化だけでは不十分。業務のプロセスは管理しないと消えてしまうため、環境や業務の変化に合わせて常に維持・改善しなくてはならない」(大三川氏)
次の一手として大三川氏が重視したのが、業務とITが一体となり業務プロセスを管理する仕組みの構築である。業務の全体像を把握するビジネス現場と、業務とITの関係を理解する開発現場を育て、双方をつなぐ仕組みをつくり上げることで、問題を解決できるはずだという。現在は進行中だが、「近い将来には、プロセス改善を継続的に行える体制をつくりたい」と大三川氏は話す。
「組織にかかわる大きな問題に直面したことで、業務を改めて見直すことができ、改善につながる契機となった」(大三川氏)
※2月27日に開催された「ソフトウェア・エー・ジー カスタマーカンファレンス 2009」での講演を基に構成
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