【第23回】経営にとって「あいさつ」や「掃除」は小さなことか:ミドルが経営を変える(2/2 ページ)
最近の小中学生は学校でトイレ掃除をしないそうだ。かたや、社長自ら率先して社内外の掃除に励む会社もある。
掃除が生み出す経営効果
冒頭のトイレ掃除に話を戻そう。小中学生の動きとは別に、大人の世界ではトイレ掃除に代表される「掃除」に注目が集まっている。一時期、若い女性向けに「整理整頓のススメ」といったたぐいの本が流行した。今、多くの経営者が社内(時には会社周辺も)の懇切丁寧な掃除を通じて健全な企業経営、必要な経営改革を成し遂げようと懸命である。最近もテレビ東京系のビジネス番組「ガイアの夜明け」で「“そうじ”で不況突破 〜 業績回復に秘策あり〜 」というものが放送されていた。
自社の従業員のみならず、掃除の良さを世間の人々にも伝えようとする経営者もいる。そうした活動に勤しむNPOに「日本を美しくする会」があり、公式サイトには「なぜトイレ掃除か」について5つの見解を指摘している。
1.謙虚な心を
どんなに才能があっても、傲慢な人は人を幸せにすることはできない。人間の第一条件は、まず謙虚であること。
謙虚になるための確実で一番の近道が、トイレ掃除です。
2.気づく心を
世の中で成果をあげる人とそうでない人の差は、無駄があるか、ないか。無駄をなくすためには、気づく人になることが大切。
気づく人になることによって、無駄がなくなる。
その「気づき」をもっとも引き出してくれるのがトイレ掃除。
3.感動の心を育みましょう
感動こそ人生。できれば人を感動させるような生き方をしたい。 そのためには自分自身が感動しやすい人間になることが第一。
人が人に感動するのは、その人と手と足と体を使い、さらに身を低くして一所懸命取り組んでいる姿に感動する。
特に、人のいやがるトイレ掃除は最高の実践道場。
4.感謝の心を
人は幸せだから感謝するのではない。感謝するから幸せになれる。その点、トイレ掃除をしていると小さなことにも感謝できる 感受性豊かな人間になれる。
5.心を磨く
心を取り出して磨くわけにいかないので、目の前に見えるところを磨く。
特に、人の嫌がるトイレをきれいにすると、心も美しくなる。
人は、いつも見ているものに心も似てくる。
従業員によって掃除が行き届いている会社は確かに良い会社だと思う。清潔な職場であれば気分良く仕事に取り組めるし、丁寧なメンテナンスによって設備も長持ちしよう。取引先にとっても、どうせ仕事を発注するならこのような会社にしようと考えるだろう。
掃除を徹底的に行うことで有名な会社(以下、A社)がある。A社は、廃棄物を回収、リサイクルする会社である。こうした仕事ではどうしても廃棄物の回収や分別の工程で汚れ、においの問題が出やすい。A社では徹底して掃除に励むことでそうした問題を解決している。回収車は毎日洗車するだけでなく、タイヤにもワックスをかけ、ピカピカの状態にするとのことだった。分別の工程ラインも毎日ピカピカになるまで磨き上げている。その結果、工場内には一切のにおいがしないのだ。さらに契約先の廃棄置き場も熱心に掃除するという。こうした徹底ぶりについて同業者からはばか呼ばわりされるほどだったが、経営陣は意に介さず長年にわたり掃除を継続してきた。
これによって何が起こったか。まずは従業員が仕事に誇りを持つようになった。敬遠されがちな職種だったが、そのイメージを覆すことができたのである。従業員のテキパキとした仕事ぶりにもつながったほか、廃棄置き場の掃除によって取引先の信頼や新たな顧客開拓にもつながっているとのことだった。
掃除がもたらす効果については、実践している経営者が経験を基に多くを語っている。しかし残念なことに、経営学分野において理論立ててその効果を説明する研究はほとんどなかった。最近になって、掃除が社員や組織全体にもたらす効果に関する研究が出てきた。多くの経営者が懸命に掃除に取り組む背景にはさらに意味のある効果があるのではないか。こうした疑問を解き明かそうという研究である。
部下の育成に悩んでいるミドルの方は多い。しかし、「まずは部署の掃除を徹底してみよう」と率先してぞうきんに手を伸ばしてみたらどうか。そうした気にさせるような研究の具体的な内容については、次回述べていくことにしよう。
著者プロフィール
吉村典久(よしむら のりひさ)
和歌山大学経済学部教授
1968年奈良県生まれ。学習院大学経済学部卒。神戸大学大学院経営学研究科修士課程修了。2003年から2004年Cass Business School, City University London客員研究員。博士(経営学)。現在、和歌山大学経済学部教授。専攻は経営戦略論、企業統治論。著作に『部長の経営学』(ちくま新書)、『日本の企業統治−神話と実態』(NTT出版)、『日本的経営の変革―持続する強みと問題点』(監訳、有斐閣)、「発言メカニズムをつうじた経営者への牽制」(同論文にて2000年、若手研究者向け経営倫理に関する懸賞論文・奨励賞受賞、日本経営倫理学会主催)など。
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