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失敗からの脱却――日本の宇宙開発はなぜ成功し続けるのかシステムデザイン・マネジメントのススメ(2/3 ページ)

ロケットの相次ぐ打ち上げ失敗など、2000年前後の日本の宇宙開発は実に厳しい状況が続いていました。ところが一転、ここ5年間は連戦連勝の成果を収めています。その背景には一体何が隠されているのでしょうか。

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連続成功を支えるものとは

 なぜJAXAは失敗続きの5年間から脱却し、連続成功に転じることができたのでしょうか。

 まずは、何よりも宇宙開発に携わる関係者が、それぞれの失敗対策に全力を投じ、地道に個々の技術を向上させてきたことなしには成しえなかったでしょう。しかし、それだけではないと思います。

 わたしは、JAXAにおいて、失敗したH-IIロケット8号機を含め、H-IIおよびH-IIAロケットの開発や人工衛星およびISSに搭載するソフトウェアの検証などに従事してきました。新人のころには、上司にあたるプロジェクトマネジャーから「ロケットを構成する数十万点の部品の質をそろえるのは“ムカデ競走”と同じ。飛びぬけて頑強な部品はいらないが、弱い部品があってはいけない。すべての部品が高い体力で足並みをそろえられるよう常に考えなさい」と教えられました。これらの経験から言っても、宇宙機システムのような大規模・複雑システムの開発は、それにかかわるヒトやモノの規模が大きく、組織体制や開発プロセスの違いがその成否に大きく影響します。

 実際、JAXAは2005年4月に「ミッションサクセスのための開発業務改革実施方針」を公開し、業務改革の1つとして、ミッションの成功に向けたシステムズ・エンジニアリングを積極的に取り入れ、その体制強化を目的とした組織や開発プロセスの改正、手法の開発や教育体系の整備を行いました。組織トップのコミットメントによるこの改革が現在までの日本における宇宙開発の連続成功の大きな要因になっていると考えています。

日本のSEと世界のSE

 ここでいうシステムズ・エンジニアリングとはどのようなものでしょうか。英語ではSystems Engineeringであり、宇宙分野では「SE」と略します。一般に日本でSEというと、対象とするシステムは情報システムであり、その設計や開発のプロジェクト管理などを行う業務を指すことが多いです。例えば、「彼はSEをやっています」という言葉には「彼はIT業界で働いている方です」という意味が含まれているように思います。

 それに対し、世界的なシステムエンジニアリングの国際団体であるINCOSE(International Council on Systems Engineering)によると、システムとは「多くの要素や部品が相互に絡み合って定義された目的を成し遂げるためのものであり、ハードウェア、ソフトウェア、人、情報、技術、設備、サービスおよびその他の要素を含む」と定義されています。つまり、情報システムのみが対象ではなく、宇宙航空システムや発電システムといった技術システムから、金融システムや行政システムのような社会システムも含まれます。

 また、システムズ・エンジニアリングとは、「システムを成功裏に実現するための複数の分野(ディシプリン)にまたがるアプローチおよび手段」と定義されています。本連載においてはINCOSEの定義を採用します。

システムズ・エンジニアリングはなぜ必要か?

 では、システムズ・エンジニアリングはなぜ必要なのでしょうか。

 大規模・複雑システムをつくる場合、そのシステムには数多くのステークホルダーが存在します。システムズ・エンジニアは、システムズ・エンジニアリングによってステークホルダーすべての利害関係を明らかにし、それぞれの視点に立って全体最適化を図りながら顧客や利用者が望んでいるシステムを実現できます。

 例えば、顧客や利用者が真に必要としているシステムを明確にし、システムを提供する組織が望む品質、コスト、納期のバランスを取り、システム創出に従事する各個人が行うべきそれぞれの手順と全体像を示すことができるという点で、システムズ・エンジニアリングは有用です。オーケストラの指揮者の役目を「聴衆の聞きたい音楽をつくり出すために、決められた数の演奏者と限られた時間の範囲内で、各演奏者の能力を最大限に引き出すこと」とした場合、システムズ・エンジニアは、必要とするシステムをつくり出すための指揮者の役目を担っているといえるでしょう。

 システムズ・エンジニアリングは40年以上の歴史があります。世界初のシステムズ・エンジニアリングの標準は1969年に米国が空軍向けに制定したMIL-STD-499であり、同時期に行われていた人類初の月への有人宇宙飛行計画「アポロ計画」はシステムズ・エンジニアリングによって成功したといわれています。システム開発全体を複数の段階に分け、各段階で審査を行って次に進む「段階的プロジェクト計画」方式などはアポロ計画で確立され、今でもほぼ同様の方式が世界中の宇宙ミッションに適用されています。米国では、システムズ・エンジニアリングに沿った教育がマサチューセッツ工科大学(MIT)、スタンフォード大学、海軍大学院、空軍工科大学などおよそ80校以上の研究教育機関で体系的、実践的に行われています。

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