日本が新興する道「ソーシャルビジネス」:女流コンサルタント、アジアを歩く(3/4 ページ)
「新興国」という言葉を聞いて、「ソーシャルビジネス」や「BOP(Base Of the Pyramid)ビジネス」を思い浮かべる方々も多いだろう。バングラデシュにおいても、日本のファーストリテイリングがその取り組みを進めており、注目を集めている。
ソーシャルビジネスのダイナミズム
ファーストリテイリングは、CSR活動の一環として、国連難民高等弁務官事務所(UNCHR: United Nations High Commissioner for Refugees)が実施している難民支援活動に参画し、それがきっかけで、寄付ではなく、ビジネスを通じて社会的課題を解決したいと考えるようになったそうだ。そこから検討が始まり、2009年8月に、グラミンバンク総裁ムハマド・ユヌス氏と会談し、衣服を通じたソーシャルビジネスを実施する意向を伝え、協力体制を構築してきた。そして、2010年7月、この新たな取り組みの発表となった。
衣料品産業が主力となっているバングラデシュで、アパレルブランド「ユニクロ」を展開するファーストリテイリングがソーシャルビジネスを行う。一見すると、ソーシャルビジネスという名を借りて、単に安い生産拠点を求め、あわよくば、将来、市場が大きくなったときには大きく儲けようという取り組みのように見える。
しかし、ファーストリテイリングのアプローチは、そんな単純なものではない。彼らは、文化や慣習をシフトさせ、そこに必需品を作り出そうとしているのである。
ファーストリテイリングが着目したのは、バングラデシュの女性の多くが下着を着用しないという点である。普通なら、着用しないのなら生産しないという考えに行き着いてもおかしくないが、彼らは女性用下着を主要生産製品の1つとしている。彼らは保健衛生という観点を打ち出し、女性用下着や生理ショーツといった商品を生産・販売しようとしているのである。これは、バングラデシュの文化や慣習をシフトさせ、そこに必需品を作り出そうという試みにほかならない。
わたしは、コンサルタントして企業の変革に取り組んでいるが、実際にAsIs(現行モデル)からToBe(将来モデル)に移行していくことは常に困難を極める。企業という限られた社会ですら困難なことであるから、国家レベルの社会で、文化や慣習をシフトさせようとすることは容易ではない。
では、なぜ、そのような難しい道を歩もうとするのかと言えば、言うまでもなく、新しい市場を作り出すためだ。既存の市場に参入し、それが成長していくのを待つのではなく、新たに市場を作り出すのだ。そのために、変化をもたらそうとしているのである。
わたしの経験では、企業の変革において最も難しいことは、ToBeに移行する動機や必然性を見い出し、浸透させることである。ファーストリテイリングでは、これを保健衛生という観点で展開・浸透させようとしている。バングラデシュの女性に対して、保健衛生の観点から、女性用下着の必要性を訴える。このことは、社会的な意義から見ても、重要なアピールである。それが浸透すれば、バングラデシュの女性たちは、生活の必需品として女性用下着を購入していくことになる。それは手付かずの新しい市場であるだけでなく、保健衛生の向上につながるのである。
このように、ファーストリテイリングのソーシャルビジネスというのは、既存の労働市場や消費市場が大きくなることを見据え、既存のアプローチで偽善的なビジネスを展開するのではなく、社会の根底に根付いている文化や慣習を、新たな観点からシフトさせ、新しい労働市場と消費市場を作り出す。これこそが、ソーシャルビジネスが持つダイナミズムであり、今後のソーシャルビジネスにおいて重要な要素なのである。
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