コミュニケーション能力こそ生産性向上の鍵──SMBC日興証券でマネジメントの革新に取り組む軒名彰常務執行役員:ビジネスイノベーターの群像(2/2 ページ)
証券会社といえば、上意下達の縦割り組織で軍隊式のノルマ営業というイメージがあったが、それも今や昔。証券各社は現在、多様化する顧客ニーズに応えようと、柔軟な組織づくりに知恵を絞っている。企業組織におけるコミュニケーションに着目し、マネジメントの革新に取り組んでいる軒名彰SMBC日興証券常務執行役員に話を聞いた。
情報は発信者よりも受け手が問題
「もしドラ」の大ヒットで再びブームとなっている、ドラッカーの「マネジメント」は軒名氏の愛読書でもある。「上中下の大著で、その中巻には“コミュニケーション”という独立した章がある。それを読んだとき、一種のカルチャーショックを受けた」と話す軒名氏。
この章の冒頭で展開されている議論はいくぶん禅問答めくが、こんな話だ。人間も動物もいないような山の中で木が倒れたとする。そのとき「音」はするかどうか──。
正解は「音はしない」。空気の振動は発生しても、それを音として感知する耳と脳を持った生き物がいない以上、「音」は存在しないといえる。ビジネスの現場にあてはめるならば、コミュニケーションで重要なのは、情報の送り手ではなく、受け手の側だということだ。
「夫が仕事から帰ってくるやいなや、奥さんは一日の出来事を一生懸命に話すのに、仕事の懸案で頭がいっぱいの夫はで少しも聞いていない。そんなシーンがテレビドラマではよくある。これと同じように、会議で上司がどんなに内容豊富な話をしても、部下が上の空では意味がない。企業内のコミュニケーションで大切なことは、話し手ではなく受け手の問題であること、すなわち情報の発信ではなく、相手の話をいかに聞くかということ」(軒名氏)
軒名氏はそう考え、自らも実践している。以前、担当常務として各地域の支店を担当するポジションにいたとき、3カ月ごとに各支店長に2時間の面談を繰り返した。支店長が作成した目標設定などをチェックするための面談なのだが、軒名氏はもっぱら聞き役なのだという。面談による「気づき」の効果なのか、担当する支店の業績が向上したケースは少なくないという。
相手の話を聞くことの重要性は、日常的にも求められるという。
「今の若い社員はしっかりした目標を持って入社しており、わたしの若いころよりよほど優秀だと思うが、その可能性を上司が摘み取っているケースがある。原因のひとつは若い社員の話をきちんと聞いていないこと。ひたすら相手のことに興味を持って、話を聞き続け、知ろうとすること。相手を承認し続けることが大切」(軒名氏)
そうすることで、内発的な動機を持った社員が増え、おのずと強い組織が生まれると軒名氏は考えている。
貪欲に学び、革新のヒントを探す
「わたしの中の結論として、テクニック論ではなくごくごく常識的なマネジメントの教科書的なルールを押さえておけば、組織の底上げは必ず実現できる。弊社についていえば、支店長や部長のマネジメント能力によって店舗や部署の業績が左右されるのは紛れもない事実」(軒名氏)
軒名氏の取り組みの柱は基本を生真面目なほど徹底させるというもので、決して新規性のあるものではない。ありふれた経営幹部と異なるのは学ぶことへの貪欲さだ。
経営学の本に目を通し、コンサルタント的な社外の専門家の意見に耳を傾ける。それくらいなら誰でもやっているだろう。興味をひかれる書物があれば、相手が大学の教授であろうが著者に直接会いに行き、疑問点をぶつける。それだけではない。気になる経営者がいれば通常のビジネスとは無関係に、頭を低くしつつ、個人として教えを請いに行く。
「ある全国的なレストランチェーンが、立地条件などに応じて、店のメニュー内容を少しずつ変えているということを知り、各店長がどのようなマネジメントをしているのか、経営者に話を聞きに行ったこともある」(軒名氏)
店長はどんな権限を与えられ、どのような判断でメニューを作成しているのか。本社はそれをどのように管理しているのか。業種は異なってもそうした話を聞くことで、SMBC日興証券の支店長や管理職をレベルアップするためのヒントを探す。ファッション産業における本社と店長のあり方にも興味を持っているという。
「本を読み、多くの人の話を聞き、そこから取捨選択して現実のビジネスに生かす。製造業は製品で差別化するが、証券業は人が差別化のポイント。弊社はトップ自らが、人が価値を生み出し、価値を提供する、その基本となる人材教育の質には十分に注力している。また、地域社会とのつながりにも重点を置き、社会貢献も積極的に行っている。そういう企業文化が定着している。人として認められるようでなくてはビジネスも成功しない。私自身もまだまだ未熟で努力不足を感じている。」(軒名氏)
軒名氏の話ぶりや立ち振る舞いは謙虚で穏やかだが、学ぶことへの情熱はほとばしる。徹底した学びの中から、さらなるイノベーションが生まれる。
プロフィール SMBC日興証券 常務執行役員 軒名 彰(のきな あきら)氏
1958年、北海道生まれ。同志社大法学部を卒業し、82年、日興證券に入社。日本橋支店長、宇都宮支店長を経て、2005年、日興コーディアル証券の取締役に就任。2009年、常務執行役員。2011年3月から、西日本・近畿法人統括。
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