貧困国の雇用を創出する印刷屋、丸吉日新堂印刷の挑戦:日本の元気ダマ(2/2 ページ)
全国から約2万7000件の名刺制作を受注をする札幌の小さな印刷会社の成功の秘密は、地道な社会貢献にあった。
母の叱責が生んだ、社会貢献への気持ち
阿部さんのエコ名刺制作への取り組みは、2002年に飲料メーカーから依頼を受けて作ったペットボトル再生名刺がきっかけでした。従来は捨てられていたトウモロコシの皮を使ったトウモロコシ名刺も作りました。
材料面での環境問題対策に加え、福祉活動の一環として点字加工にも取り組んでいます。点字は福祉法人の精神に障害がある人たちが手作業で加工しますので、障がい者の労働機会と収入アップに貢献します。さらに売り上げの一部を日本盲導犬協会に寄付し、1枚の名刺をあらゆる機会で社会のお役に立てているのです。
実は阿部さん、もともとは社会貢献や環境問題への取り組みに熱心だった訳ではありません。
阿部さんが小学生のころ、お母さんが脳梗塞とメニエール病を患って入院しました。2年後に退院したのですが、お母さんは半身不随になり片目が寄って動かなくなりました。まだ小学生だった阿部さんはお母さんへの甘えもあって、つい言ってはいけないことを言ってしまい、お母さんに「好きでこんな身体になったのではないんだよ。世の中にはこういう人がたくさんいて、傷つく人もいるんだよ!」と厳しく叱責されたそうです。阿部さんは子供なりに深く反省をしましたが、大人になるにつれ、その気持ちをすっかり忘れていました。
阿部さんが20歳すぎのころ、親戚の葬式後に会場の外の階段に立っていたら、身体の不自由なお爺さんが、階段を苦労して降りようと頑張っていました。安部さんは最初何もせずにその様子を見ていたのですが、階段の下にいた女性たちに「あんた! 手伝いなさい」と言われ、階段を下りるお手伝いをしました。そしてお爺さんに「昔は動けたけど今は動けなくなってしまった。助かったよ。本当にありがとう。」と感謝され、昔お母さんに叱責されたことを思い出したのです。
阿部さんはそれまで、困っている人を見かけても行動できなかったといいます。照れくささもあったのかもしれません。しかしこのときお母さんの言葉を思い出し、「困っている人がいたら、絶対に手伝おう」と決意をしたのです。
名刺が創る善の循環
名刺はビジネス的にはもうけが薄く、多くの印刷会社は受注しても外注や下請けに渡してしまいます。かつては丸吉日新堂印刷も同じでした。しかし、前述のような経緯で困っている人を助けようと考え、自分の商売でも何かできることがないかと考えた安部さんは、エコ名刺・点字加工名刺の制作を始めます。
名刺にこだわったのには理由(わけ)があります。丸吉日新堂印刷で働き始めたころ、安部さんは飛び込みで印刷物の営業をしていました。しかし、知らない人と話すのが苦手だったので、おどおどして対人恐怖症のようだったといいます。
そこで安部さんは、名刺を工夫することにしました。名刺が特徴的であれば話のきっかけになって、お客さまが質問してくれます。その質問に答えることで安部さんは、コミュニケーションが取れるようになったのです。
自分と同じように困っている営業マンがいるのではないかと考え、特徴のある名刺――ペットボトル再生名刺(エコ名刺)や4つ折りの名刺を作り始めました。こうした名刺を渡すと、初対面の人とも「自分もエコに興味あるんだよ!」といった話に発展します。
阿部さんが売っているのは名刺そのものだけではありません。「名刺から始まる出会いの場」を提供し、素敵な出会いが人生を2倍3倍へと豊かにしていくことをサポートすること、良い出会いを少しずつ広げていくことこそが、名刺をつくる仕事の使命と考えるからです。
阿部さんは心の優しい方々の出会いに貢献したいと、札幌、東京、福岡でエコ名刺交流会を行い、「出会いの場」を広げています。エコ名刺交流会は、毎回講師を呼んで勉強し、ともに学び思いやりの気持ちを共有しながら和を広げていくという活動です。こうした出会いが、同じ思いを持った人同士が仲良くなっていく「善の循環」につながっているのです。
冒頭の「なぜ丸吉日新堂印刷に名刺の注文が殺到するのでしょうか?」の答えは、ここまで読まれた方ならお分かりでしょう。阿部さんの活動に共感した方々が、「名刺で社会貢献できるのなら」と、多少割高であっても発注してくれるからなのです。
多くの業界が価格競争の弊害で利益が出にくくなっている中、売上アップを意図しなかったにもかかわらず、結果としてお客さまの支持を得ている丸吉日新堂印刷の取り組みは、同業はもとより、他の業界でも参考になるのではないでしょうか?
丸吉日新堂印刷の元気のポイント!
- 利他の精神 社会に役立つ活動は、多くの共感を呼ぶ
- 商圏拡大 本当に共感されるものは、地理的時間的な制約を超えて商圏が拡がる
- 善の循環 正しい取り組みと心根が優しい人の出会いは、善の循環を生んでいく
著者プロフィール:藤井正隆(ふじい まさたか) 1962年生まれ
(株)イマージョン 代表取締役 MBA(経営学修士)、法政大学院 坂本光司研究室 特任研究員。
徹底的現場主義で年間100社以上の企業視察を踏まえた実践的な教育研修とコンサルティングを実施。農業にも問題意識を持ち、日本の農家(株)も立ち上げ精力的活動中。
専門分野:組織開発コンサルティング、マーケティング戦略と実行組織の最適化。
著書:「感動する会社は、なぜ、すべてがうまく回っているのか?(マガジンハウス)」他、ビジネス雑誌に執筆多数。
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