革新を支える「現場力」――コマツ 野路社長:ビジネスイノベーターの群像(2/2 ページ)
世界有数の建設機械メーカーであるコマツは、ICT(情報通信技術)を活用して顧客に付加価値の高い商品やサービスを提供し、好調を維持している。それを支えているのは全社員が仕事を改善し続ける「現場力」だった。
トップダウンでグローバルな生産管理システム導入
こうしたダントツ商品を開発する一方で、それを量産する体制作りにも余念がない。それは設計から製造までの一貫した生産管理システムをグローバルに導入することだ。狙いは、世界中のどこで作ってもほぼ品質が変わらず、短納期で提供できる体制を作ること。もともと生産現場が長かった野路氏は、米国の工場長を経て97年に帰国。その後は情報システム担当役員として、製品やビジネスモデルの革新に欠かせない数々のICT活用プロジェクトを指揮した。そのなかでも、3次元CAD(コンピュータによる設計)システムと各国の製造拠点に導入しているERP(統合基幹業務システム)パッケージをつなぐシステムは現在のグローバルな生産体制を支える屋台骨となっている。
当時、野路氏は、グローバルで標準的に生産できる体制を実現するため、製品情報を統合管理するシステムの導入に着手。さらに製品の「販売メニュー化」にも取り組んだ。当時建機は顧客の要望に応じて機能が決まる、いわばカスタムメイド製品がほとんどだった。
「何でも自由に選択し、カスタマイズできることを売りに販売をしてきた営業部隊は反対したが、納得してもらいながら販売メニュー化を進めました。競合機には必ず勝つ仕様を標準製品とし、オプションはすべてアドオン型に変えたのです。変革を起こそうとするときの決断は難しいですが、それがトップの仕事です。あのとき実行していなかったら、今の競争力はありませんでした。」(野路氏)
柔軟な適地生産で世界経済の激変を乗り切る
トップダウンと粘り強い説得で実現したグローバルな生産管理システムは、中国など新興国の需要急増に伴い、より需要のある地域に近い工場での生産で威力を発揮し始めた。その後、野路氏は社長に就任するも、就任1年後、リーマンショックで世界の建機需要は大きく変動。主力市場のひとつだった北米の需要は急減したが、苦難の末に導入した生産管理システムの存在が、組織再生の切り札となった。北米の8工場を3つに集約、同時に日本でも2つの工場を閉鎖する一方でアジアでの生産を拡大した。
「グローバルな生産体制が整っていたことで、ある機種をAからBへと別の国の工場へ移管してもスムーズに生産できるなど、変化の激しい時代に合った柔軟なモノづくりが可能になりました。工場を効率的に稼働するには、需要に合わせて最適地で生産していくしかない。それを可能にするのはグローバルで部品表の共通化と生産ラインの標準化、そしてそれに合わせて図面が作りやすくなっていることがカギを握ります。思い切って取り組んだことが奏功しました」(野路氏)
とはいえ、野路氏は現状に決して満足してはいない。生産を別の工場に移す期間を3カ月まで短縮したが、これをさらに1カ月にそして2週間にできないかと新たな目標を設定しているのだという。そのためには、よりミスがなく生産できるよう設計を絶えず改良するなど改善に余念がない。
「製造作業者のミスは設計を工夫することで起こりにくくなります。設計と生産の地位に格差がある米国では難しいでしょうが、コマツの場合は、設計と生産が一体化してモノづくりを進めるという文化があります。設計者として入社したら、作りやすい設計を叩き込まれます。そこはコマツの強みのひとつです。社長が、変化への対応力を付けろ、というのはたやすいが、社員の改善を続ける力、現場力がなければイノベーションは起こりません。現場力があってこそ2年かかったものが3カ月になり、それがさらに短縮されていきます」(野路氏)
建機の稼働管理システム「KOMTRAX」、ハイブリッド油圧ショベルなど、革新的な商品やサービスを次々と送り込んでいるコマツ。だが、それを支えているのは現場力だ。仕事を絶えず改善し続ける社員の総力が、イノベーションにつながっている。
プロフィール:コマツ 代表取締役社長(兼)CEO 野路國夫(のじ くにお)氏
1946年生まれ。大阪大学基礎工学部機械工学科卒業、同年4月、小松製作所(コマツ)入社。97年6月、取締役に就任。2001年6月、常務取締役 生産本部長(兼)e-KOMATSU推進本部長、03年4月、取締役 専務執行役員 建機マーケティング本部長、05年4月、取締役 専務執行役員 建機事業、e-KOMATSU管掌、06年7月、取締役 専務執行役員 コマツウェイ推進室長。07年6月より現職。
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