旬材モデルが日本経済新聞の記事で紹介されたのです。即座に国土交通省の離島事業推進課から、意見を聞きたいと申し入れがありました。高齢化が進む離島の問題を解決するために、旬材モデルを活用したいというのです。農林水産省も相談に来ました。西川さんが各省にビジネスモデルとプランを話したところ、全面的な協力を得られることになり、旬材モデルは本格的なシステム開発に発展していきました。
旬を楽しむ日本の食文化を守りたい
日本の自然は四季折々の変化に富み、日本人に独特の感性を育んできました。私たちは雲が西から東に流れるさまを見て、偏西風(※2)を感じます。夏には南海上に高気圧(小笠原気団)が張り出して南から風が吹き、冬にはユーラシア大陸内陸の気温の低下で起こる低気圧(シベリア気団)で、北から風が吹きます。
気温の変化が穏やかで降水量が多い海洋性気候や、南北に長大な国土による気温差、列島の中央を縦走する山岳地帯を境にした太平洋側と日本海側との天候の違いなどが、土地ごとの風土を作ります。こうした豊かな自然を背景に、私たち日本人は季節の食材を多彩に利用した食文化を生んだのです。
現在私たちは、野菜や果物はビニールハウス栽培、魚は冷蔵や冷凍技術によって、いつでも四季の食材を味わえるようになりました。しかしその一方、長年培ってきた日本の四季を楽しむ心や食文化が失われつつあると感じるのは、私だけでしょうか?
旬材の価値は、ここにあります。長期保存が可能な瞬間冷凍の技術に、西川さんはまるで興味を示しません。「いくら冷蔵・冷凍技術が発達しても、獲れたての魚にはかなわない。そして、人為的に旬をずらして相場が高いところで売るようなビジネスは、日本文化を損なってしまう。そんなことをしたら、旬材の社名に偽りありとなってしまう」と言い切ります。
人の絆が命を吹き込んだ旬材モデル
漁船は一隻一隻、オーダーメイドで製造します。何度も打ち合わせを重ねるため、設計から完成まで半年以上かかります。完成した船の初めての漁に造船メーカーの社員が同乗し、魚が捕れるまで付き添うことも少なくありません。
技術系の大学を出たわけでもない西川さんに、漁船のことをこと細かく教えてくれたのは、お客さまでもあった漁業者たちだったのです。ともに寝泊りして設計図を引き、漁船を作り販売するヤンマーでの25年間は、西川さんに多くの漁師・漁協・漁港の仲間を作り、彼らとの絆を深いものにしていきました。
いくら良いシステムを作っても、それを活用してくれる人がいなければ、それはただのシステムでしかありません。西川さんが長年に渡って築き上げてきた人的ネットワークこそが、システムに命を吹き込んだのです。西川さんは旬材が成長した今でも、漁港を訪れ、漁業者に直接、携帯端末への入力を啓蒙し、機械が苦手な方に親切に使い方を教えています。こうした人と人のふれあいと信頼関係が、旬材のシステム運用を促進しているのです。
旬材の元気のポイント!
- 人の絆 漁業者と長年築いてきた信頼関係が、システムを機能させている。
- 高い志 「日本の旬を守る」という高い志の上でビジネスを展開、かつ漁業者に実質的な収入をもたらしている。
- 産官連携 省庁と連携することで、強固なシステムをスピーディーに構築している。
著者プロフィール:藤井正隆(ふじい まさたか) 1962年生まれ
イマージョン 代表取締役 MBA(経営学修士)、法政大学院 坂本光司研究室 特任研究員。ドリームゲートアドバイザー。
徹底的現場主義で年間100社以上の企業視察を踏まえた実践的な教育研修とコンサルティングを実施。農業にも問題意識を持ち、日本の農家(株)も立ち上げ精力的活動中。
専門分野:組織開発コンサルティング、マーケティング戦略と実行組織の最適化。
著書:「ぴょんぴょんウサギとのろのろカメの経営法則(経済界)」「感動する会社は、なぜ、すべてがうまく回っているのか?(マガジンハウス)」他、ビジネス雑誌に執筆多数。
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