「出現する未来」を実現する7つのステップ――プロトタイピング:Prototyping:U理論が導くイノベーションへの道(1/2 ページ)
「ありそうでなかった」ことを生み出すためには、試行錯誤しながらアウトプットを生み出していくプロセスが重要である。
「U理論」とはマサチューセッツ工科大学 スローン校 経営学部上級講師であるC・オットー・シャーマー博士が提唱している過去の延長線ではない、全く新しい可能性の未来を創発するイノベーションの理論です。
「U理論」ではイノベーションをもたらすプロセスを「行動の源(ソース)を転換するプロセス」「出現する未来を迎え入れるプロセス」「その出現する未来を具現化、実体化するプロセス」のという3つに大別しています。さらに、その3つのプロセスを7つのステップに分けて提示しています。7つのステップの概要は第2回目のコラムにて詳しく紹介していますのでそちらを参照してください。
今回は、いよいよ「その出現する未来を具現化、実体化するプロセス」である5番目のステップ「結晶化(Crystallizing)」を紹介します。
行動し、実験しながら未来を探索する「プロトタイピング(Prototyping)」
これまで紹介してきた7つのステップのうち、最初の4ステップは行動の内容そのものより、その源(ソース)を転換することに着目していました。前回紹介した結晶化のステップも、出現する未来の感覚を明確にするというプロセスであったので、どれも意識状態やイメージの話であり、行動そのものに着目していたわけではありませんでした。
それに対してこの「プロトタイピング」は、試行錯誤しながらアウトプットを生み出していくプロセスであり、アウトプットの質を高めるための行動の側面に着目しています。この「プロトタイピング」は、いわゆる方法論とは異なり「こんな手順でやれば、必ずプロトタイピングがうまくいく」という類のものではありません。それが完成するまで試行錯誤の連続であり、いうなれば、「結晶化」から「実践」の間の時間はすべて「プロトタイピング」の期間にあたるということになります。
オットー博士の著書「U理論〜過去や偏見にとらわれず、本当に必要な“変化”を生み出す技術」の中でも、プロトタイピングの「期間」における心がけやスタンス、そして、プロトタイピングの質を高めるための技法やヒントは紹介されていますが、それがいつ終わるのか、どうやったら終わるのか、何が生じれば終わったことになるのかについては言及されていません。
実際に、オットー博士はプロトタイピングという「期間」に関して次のように述べています。
「“未来から”行動するには、つまり、感情を感じ取り、何かに引かれるように感じ、そのスペースに入っていき、“今”という瞬間から行動し、そこから出現することを結晶化し、新しいもののプロトタイプを造り、それを現実に送り出すには、何年もかかることがある。(中略)重要な点は、もう何年もアイデアにとどまっていたからといって、自分を厳しく裁かないことだ。実際に重要なのは、まさに次の瞬間に行動すること、つまり“今”何をするかだけなのだ。」
「当初の自分のアイデアに固執してはいけない。もしかしたら最初の形は、ただ自分を始動させるためのものだったかもしれないのだ。つねに世界から学び、あらゆる相互作用からアイデアを磨き、それを繰り返さなければならない」
こうしてみると、プロトタイピングという言葉のイメージからは程遠く、単なる試行錯誤の期間にすぎないように思えてしまうかもしれません。しかし、U理論におけるプロトタイピングは、従来のビジネススキルや方法論ではほとんど着目されることのなかった領域へと足を踏み入れており、その独自性がU理論をイノベーション理論たらしめていると言っても過言ではありません。
その独自性とは、
1、結晶化までのプロセスを通して立ち現われてきた“出現する未来”とつながりながら形を与えていくこと
2、「頭の知性」、「心の知性」、「手の知性」の三種類の知性を動員し、統合すること
3、宇宙(ユニバース)との対話の中から紡ぎだしていくこと
です。
組織の規模が大きくなればなるほど、何か新しい取り組みを始める時、目的やゴールを定義し、それに向かって適切な手段を予め検討してから、手を付け始めるという手順を取りがちです。
そして、その目的、ゴール、手段の仮説が不確実な場合は、その有用性を確かめるためにパイロット的に実施をし、その結果を受けてその後の継続を判断するというプロセスをたどるのが一般的ではないかと思います。
それに対し、オットー博士は、「パイロットプロジェクトは成功しなければならないが、プロトタイプの狙いは学習の最大化にある」と述べ、パイロットプロジェクトとの比較によってプロトタイピングの特徴を浮き彫りにしています。
“なぜ”ではなく“何”という感覚を頼りに“なんとなく”舵を切る
アップル社が生み出したかつてのマッキントッシュ、iPod、iPhoneのように、過去に「ありそうでなかった」ような“何か”が新たに登場してくることをイノベーションと呼ぶのだとしたら、プロジェクトを始める時に、まるでプラモデルを作るかのように予め道筋を決めることはできないのではないでしょうか。
それができるのだとしたら、それは「既に答えは分かっていた」のであって、「ありそうでなかった」ことを生み出したことにはなりえないからです。
その意味で、U理論が着目しているイノベーションのプロセスは、プラモデル的な手順や方法論ではなく、芸術家の作品作りの方がむしろ近いといえます。そのことをオットー博士は以下のように表現しています。
「新しいことは、まず感覚として現れ、次にどこかに引き寄せられる漠然とした知覚として現れる。それは“なぜ”の知覚というよりは“何”の感覚だ。何かをすることに引かれる感じがするが、なぜなのかははっきりとは分からない。そのあと、実際に手と心の知性を働かせて、やっと頭はなぜなのかを理解し始める」
「過去から行動するとき、“なぜ”かを物事が始まる前にすでに知っている。つまり、われわれは頭で活動を始める。頭は、われわれに確立された手順に従うように命じる。」
わたしはこの「なぜ」ではなく「何」という感覚を頼りに行動することを、「“なんとなく”に舵を切る」と表現しています。
Uの谷を潜り、プレゼンシングに辿り着き、そこから「出現する未来」として立ち現われてくるビジョンや意図を結晶化させるところまで来ると、言葉にはうまく表現できないけれども「なんとなく」やりたいこと、やってみたいこと、やったほうがよさそうなことを感じ取れるようになります。
その「なんとなく」感じていることや、思っていることを「手が動くに任せて」まず形にして表現し、周囲からフィードバックを得たり、宇宙(ユニバース)との対話を繰り返したりしながら、試行錯誤の質を高めていくというのがプロトタイピングで表現されているプロセスとなります。
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