突然に、そして唐突に「デジタル」って言われても???:Gartner Column(1/2 ページ)
デジタルは従来のITよりも範囲が広く、エレクトロニクス領域のテクノロジ全般を指しているといっても過言ではない。新たなる「デジタル」は、従来の常識であるデジタルとは全く異質だと理解してほしい。
デジタルを一言で説明してほしい
このコラムで、2年以上の間、表現に多少の変化はあるが、ビジネスにイノベーションをもたらすのは、「テクノロジ」でありCIO率いるIT部門がリードしていかなければならない、と述べてきた。これは、ガートナーがグローバルのCIOに向けてアドバイスしている内容に準えているのであり、占いや第六感に従って話をしている訳ではない。しかし、「そもそもデジタルって何だろう? 定義が不明だ」などの言葉が巷では主流になっているように思えてならない。
デジタルの定義
このコラムでは、デジタルを「日本のCIOは、デジタルワールドの潮流に乗れるのか? ――CIO アジェンダ 2013」ではっきりと定義したつもりだったが、世界標準の定義として再掲したい。(図1)
これで分かるように、デジタルは従来のITよりも範囲が広い。エレクトロニクス領域のテクノロジ全般を指しているといっても過言ではない。このことは、技術者の皆さんにしてみれば、「ことさら、何を言うのか? 私たちの中では、当たり前のことだ」と思うかもしれない。しかし、ガートナーが、ここ数年の間に強烈に「デジタル」を強調するようになったのは訳があるのだ。そして、その新たなる「デジタル」は、従来の常識であるデジタルとは全く異質だとご理解いただいても良いだろう。
デジタル化の起源
世の中がデジタル・テクノロジに変化していくことをデジタル化と日本語では呼んでいる。英語では、「digitize」と書く。「データをデジタル化する」とか「コンピュータで取り扱えるようにする」などと辞書には掲載されている。直訳はともかくとして、この言葉の名詞形で「digitization」という言葉があるが、実は、この言葉はビジネス界では1993年〜95年頃にかけて、とても流行ったことがある。
私と同年代か、若しくは少し先輩方には記憶に新しいかもしれないが、93年に米国でクリントン政権が発足すると、情報スーパーハイウェイ構想を発表した。その後、積極的な民間投資も手伝ってインターネットが充実し始める。ビジネス界では、1人に1台ずつPCが配備されはじめた頃で、ネットワークにつながったPCの貢献も手伝いホワイトカラーの生産性が著しく向上した。
クリントンの前、ジョージ・ハーバート・ウォーカー・ブッシュ政権下では、双子の赤字で泣かされ、空前の不景気だったにも関わらず生産性向上とともに景気が上昇し、この時の様子は「雇用無き景気回復」と呼ばれた。これら一連の景気向上の要因の一つとして揚げられたのが「digitization」だったのだ。
この頃、課長クラスとして最前線にいた人たちが、現在、CIOとして活躍しているのではないだろうか? そんなことも手伝ってか、「デジタル」という語感から「当社は、すでにパソコンは全社員に配備済みだし、パソコンが、スマホやタブレットに変化したからといって殊更に"デジタル"と言ってもピンとこないなぁ」と思っている人もいると聞くが、それはとても残念なことだ。
なぜなら、日本語では同じ「デジタル化」という言葉になるが、ここ数年のデジタル化は、英語では「digitalization」と呼んでいるからだ。この言葉は、2010年代以降に、(図1に示す)「デジタル」を用いたデジタル・ビジネスの世の中に変化していく様を表現するのにガートナーが作ったものなのである。
なぜ「digitalization」なのか?
図1に示したデジタルを用いたデジタル・ビジネスとは何か? ガートナーの定義を図2に示した。
昨年10月に東京、オーランド、バルセロナなど世界主要都市で開催されたGartner Symposiumの基調講演でリサーチ部門のトップであるピーター・ソンダーガードは、こう言った。
「Every company will become a technology company.」
「Every employee will become a technology employee.」
これは、世の中の全てのビジネスが「デジタル化」の影響を受けて変化していくことを象徴的に表現したのである。
そして、多くの技術者が言う「そんなものは常識」と少し違う面がここにある。全てのビジネス(人材にも)に影響していくのが「デジタル」なのである。自社のビジネスがデジタル化するのか? 例えば製品がいきなりデジタル化することはないかもしれないが、製品を販売するためのチャネルや、ビジネス・プロセスの最適化においてはデジタル・ケーパビリティの恩恵を受けることは十分に有り得る。
極端に言うと、既存のITは、元々伝票を回覧させて処理していたプロセスを自動化させることにより成立していた。これをトランザクション型のITと呼んでいるが、これに対し、デジタルでは、モノのインターネットをはじめとするセンサーが発信してくるようなデータの処理も含まれる。言い換えると、バックオフィス中心のITからフロントオフィスで活躍するデジタルへと領域が拡張されていると考えても良いだろう。
フロントオフィスへの期待
既出「フロントオフィス・イノベーション――CIOは社内企業家“イントラプレナー”となれ」で、フロントオフィス・イノベーションについて述べた。ここでは、従来のITが不得手としていた領域であるフロントオフィスに出てこなければならなくなった理由を考察してみよう。
図3を見てほしい。
これは、従来のIT(IT部門が管轄するIT)が、製品・サービスを販売する瞬間(Point of Sales)と、その前(Before sales)後(After sales)とを比べた時に、どこに投資をしてきたかを示したものである。ここで示したグラフは、2011年のCIOサーベイを元にグラフ化したものであるが、一般的な企業は、概ねこのような傾向ではないだろうか? 中堅クラスのスーパーマーケットなどでは、販売時(POS)のIT支出が突出しているかもしれないし、一方で製品開発や生産ラインのシステムをコーポレートITサイドで管轄しているIT部門では、もう少し比率が違うかもしれない。例えば金融業界などでは、概ねこのようになっているのではないだろうか? このグラフを有り体に表現すると「ビジネスの勝負がついてからのIT」にばかり投資しているのが現状のITとなる。
逆に、ガートナーがCEOやシニア・エグゼクティブを対象にした最近のサーベイの結果では「競争優位性を確立する」とか「顧客を引き留めておく」とか「新規顧客を獲得する」ことがエグゼクティブたちの優先事項だということが「常識的に」証明されている。既出の図3と優先事項を比べてみると明らかな違和感があることに気付くのは、私だけではないだろう。つまり、競争優位を確立したり顧客に当社を選択してもらうためには、他社との「違い」を打ち出さなければならないのに、ITとして、その部分に重点投資しているとは言い難い現実である。
つまり、多くのエグゼクティブ達の期待を裏切っていると言わざるを得ない。とは言うものの、既存のIT部門は、概ね経理部EDP(Electric Data Processing)室などが発祥で、そもそもバックオフィスの機械化、合理化、効率化を主業務としていたのだから仕方ない現実かもしれない。実際、2014年のCIOサーベイの結果からも日本のCIOがテクノロジ面で多く支出する領域はERPだと言う。「ERP=バックオフィス」と単純には言えないが、大半は顧客に選択されるため他社と差異化を図るための投資ではないことは明らかであろう。(CIOサーベイの結果については次回のコラムにて詳細に解説する)
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