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突然に、そして唐突に「デジタル」って言われても???Gartner Column(2/2 ページ)

デジタルは従来のITよりも範囲が広く、エレクトロニクス領域のテクノロジ全般を指しているといっても過言ではない。新たなる「デジタル」は、従来の常識であるデジタルとは全く異質だと理解してほしい。

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なぜ、今なのか

 先に述べた、経理部EDP室と呼ばれた時代は、70年代からせいぜい80年代前半頃までだろうか。その後、システム部とか情報システム部とかになり、80年代後半から90年代前半にかけて、日本では情報システム子会社が設立されるようになり、本社にはシステム企画部が設置される。今頃、なぜ突然に顧客に選択されるような特徴を持つためにITも貢献するように言われるのか? それは、2007年頃、米国の住宅ローン崩壊に端を発する世界金融危機以降に顕著になったと考えられている。

 この不況は、さすがに全ての読者の記憶に新しいとは思うが、この不況から脱するために議論されたキーワードは、「行き過ぎたアメリカ型経済の崩壊」とか「サスティナビリティ」に代表されるように「持続可能な経済発展」などという言葉が一世を風靡した。これらのキーワードの経済・ビジネスでの捉え方をこのコラムで詳細に議論するつもりはないが、世界中のエグゼクティブ達がこう考えたのだ。「今までと同じやり方は通用しない」「今までとは違う戦略や方法を打ち立てなければマーケットから追放される」と。多くのビジネスエグゼクティブがそう考える中で、従来のビジネスではあまり有効活用できていなかった(広義に)「情報」という経営資源に着目し始めたことから、ITへの期待が急速に高まったと考えるのが自然であろう。

ITのコンシューマライゼーションの台頭

 ここまでは、経済環境の変化や、ビジネス面での期待の変化を主に説明してきた。実は、ここでは、時を同じくして起きてしまったテクノロジ面での変化を説明しなければならない。それは、ITのコンシューマライゼーションである。例えば、携帯電話(フィーチャーフォンのこと)やパソコン、古くはワープロや電卓に至るまで、企業や組織で導入されるのと、個人が導入するのとどちらが先だったかというと、明らかに企業での活用だろう。

 これらの先進テクノロジは、当初は高価だし、大きくて重いものが多い。しかし、企業向けに多く採用されるようになるとテクノロジは急速に熟れてコンパクトになり軽量化される。もちろん、価格は(幸か不幸か)桁違いに下がっていく。そうすると、個人でもテクノロジの恩恵を受けられるようになっていくというパターンだった。そして、この傾向は未来永劫、変化しないものと固く信じていたというのが業界の常識だったようにも思う。

 しかし、90年代後半から相次いで発売される、米アップル社の開発したiPod、iPhone、iPadなどのシリーズは、企業ユースを全く想定しておらず、明らかにコンシューマ市場をターゲットにしていた。しかしながら、その通信機能や、データプロセッシング性能は、明らかに既存のパソコンとほぼ同等で、タッチパネルを使用したユーザー・インタフェースも、オフィスで普通に使われるキーボード・マウスを凌駕するものだった。個人に拡がったこれらのデバイスは、すぐにオフィスに持ち込まれるようになり、企業・組織内のエンタプライズITに圧力をかけた。「社内でも使用したい」「メールを見られるようにしてほしい」などという要望だ。

 この現象には驚いた人も多かったのではないだろうか。今までの常識とは違うからだ。先に述べたとおり、順序が逆だからだ。もちろん、これらの現象を起こすためには、端末性能だけが起因したのではない。高性能半導体デバイスの低廉、無線通信の技術の確立、通信網の成熟度合い、ソフトウェアの進歩など、まるで謀ったかのように、これらのテクノロジがコンシューマ・エレクトロニクスの台頭の時期に(利用に耐え得るほどの)成熟期を迎えるのである。

 価格や性能もさることながら、特筆すべきは、全ての人々にこれらのパソコン同等かそれ以上のデバイスが行き渡ってしまい、その現象を(あくまでもデバイスの所有者ではない)企業サイドが、製品やサービスのマーケティングなどに利用できるかもしれないという既成事実ができてしまったことだろう。

誰もがソーシャル・メディアに参加しはじめた

 ソーシャル・メディアと言えば、FacebookやTwitterなどをすぐに思い浮かべる方も多いと思うが、まさにそれである。ここには、個人が自由に情報を発信できる環境がある。しかも、ほとんどは無料である。個人が、企業の助けを借りることなく個人同士でつながり新たなコミュニティを形成していく。同じ会社に勤める仲間や、同じ地域に住んでいるというような従来の物理的な制約の上で成立するリアル世界でのコミュニティではなく、何ら制約を受けないコミュニティが形成されるのである。

 個人個人の価値観が直接的に反映されるし、経済的な損得のつながりがベースではないことも特徴の一つである。デジタルのケーパビリティは、人々のコミュニケーションの方法を変え、コミュニティの形成に関する制約を取り払ったのである。かくして、ソーシャルでつながった仲間同士は、暴動を扇動し、政府を転覆させたりしたことも記憶に新しいだろう。

 このコラムでコミュニケーション論や、コミュニティ論を掘り下げるつもりはない。しかし、従前までの、企業サイドからの一方的なコミュニケーション手法は、ここでは成立しない。そして、大衆の「心」をつかまなければ市場で存在することさえ難しいということを示唆している。これらの現象は、単なる時代の変化だけではなく、デジタルが引き起こした現象であり、多くの人々は、それが当たり前で特別なことではないと考えていることに、そろそろ気付かなければならない読者も少なくない筈だ。

突然に、一気呵成にやってきたデジタル

 2010年代に入る頃から、経済やビジネスの状況やテクノロジが、デジタル産業革命を起こすべく一気呵成に私たちに攻撃を仕掛けてきたように見える。そして、実際に、社内では一番テクノロジに詳しかったはずのIT部門の要員達でさえも、そのテクノロジに起因する社会現象についていけていない状況を作り出した。それが、今回のデジタル化の正体なのである。

 多くの技術者達は、個々の技術については明るいだろうし、それらを活用する方法も知っているだろう。しかし、それらを駆使し、今までにないビジネス・モデルを創出し、いまだ見ぬ顧客へリーチしていくイノベーションを興すには、従来の技術者では不可能だと言わざるを得ないだろう。私たち、ガートナー エグゼクティブ プログラムでは、世界中のCIOに向かって、こう投げかけている。「デジタルという名の竜を飼いならせ!」

 竜のパワーを手中にしたものだけが、ビジネスで成功するに違いないからである。次回のコラムでは、今年のCIOサーベイの結果を説明しながら、ガートナーの提言を伝えたい。

著者プロフィール:小西一有 ガートナー エグゼクティブ プログラム (EXP)エグゼクティブ パートナー

小西一有

2006年にガートナー ジャパン入社。CIO向けのメンバーシップ事業「エグゼクティブ・プログラム(EXP)」において企業のCIO向けアドバイザーを務め、EXPメンバーに向けて幅広い知見・洞察を提供している。近年は、CIO/ITエグゼクティブへの経営トップからの期待がビジネス成長そのものに向けられるなか、イノベーション領域のリサーチを中心に海外の情報を日本に配信するだけでなく、日本の情報をグローバルのCIOに向けて発信している。


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