検索
ニュース

動くイノベーションを捉える視点(2/3 ページ)

コンセプト主導型の製品開発以外でも、その場所を移動しながら発生するイノベーション。素材・部品から最終製品メーカーまで、企業がどのようにそれを捉え自分のモノにするべきかを考察する。

PC用表示 関連情報
Share
Tweet
LINE
Hatena
Roland Berger

3、イノベーションを捉える

 イノベーションの発生箇所を見極めた結果、自社の事業領域内にあり、またイノベーションを自社の経営資源で進めていける場合は推進していけば良い。しかし、現実はより難しい状況に陥ることが想定されるため、イノベーションを捉えるためには工夫がいる。具体的には以下の3つのケースが想定される。

 (1)イノベーションが発生すべき箇所は自社の事業領域にあるが、自社の経営資源では実現できない

 (2)イノベーションが発生すべき箇所は自社の事業領域にあるが、イノベーションの方向性が定まらない

 (3)イノベーションが発生すべき箇所は自社の事業領域内にはなく、直接関与できない

 ・ケース1:自社の経営資源だけではイノベーションを起こせない


ASMLと大手半導体メーカーの共同開発プログラム

 イノベーションが発生すべき箇所が自社の事業領域にありながら、自社の経営資源だけではイノベーションを起こせない状況というのは、イノベーションの方向性は決まっているが開発費用が莫大すぎて単独でやるにはリスクが大きすぎる、または顧客がいつ採用してくれるか見通しが立たない場合などで発生する。現在の半導体業界における半導体装置メーカーがこの状況にある。

 現在半導体業界では半導体装置でのイノベーションが求められている。具体的には10 nmレベルの微細化や450mmの大口径ウェハー等などの製造技術であり、イノベーションの方向性は比較的クリアだ。しかし、半導体装置メーカーの中でももっとも付加価値が高いといわれている露光装置でトップシェアを誇るオランダのASML社でさえ、自社の経営資源だけではイノベーションを起こせずにいる。イノベーションを実現するためには、自身の売上高を超えるレベルの研究開発費が必要だと言われており、経営リスクが極めて大きいからだ。

 微細化や大口径ウェハーでのイノベーションは今に始まったことではなく、これまでも半導体装置メーカーが直面してきた課題だ。しかし、現在求められているレベルはこれまでの水準をはるかに超える。前述したように研究開発費は倍々と増え続け、売上高規模を超えるレベルに達してしまっている。さらに微細化や大口径化は半導体の製造効率が大きく向上するため、半導体装置メーカーにとって、このイノベーションは売上減につながる(製造効率の向上によって装置の販売台数が大幅に減少する) というリスクも抱える。

  • 成功例1:下流企業を巻き込んで上流でのイノベーションを実現した例(ASML)

 前述したASMLはイノベーションを確実なものにするために、顧客企業であるインテルなどからのマイノリティ出資および研究開発の一部負担を受け入れた。上流から下流までを巻き込んだコンソーシアムを組むことで、ASML が直面していたリスクを大幅に軽減するとともに、自社のイノベーションが確実に事業に結びつくようにした。(図B:参照)

  • ケース2:イノベーションの方向性が定まらない

 イノベーションが発生すべき箇所が自社の事業領域にあったとしても、イノベーションがどの方向にあるのかが定かでない状況は多く発生する。特に最終製品メーカーに素材や部品を納める部品メーカーはこの状況に陥りやすい。

  • 成功例2:部品メーカーがイノベーションの方向性を引き寄せる例(インテルとボッシュ)

 過去事例で、もっとも有名なのはインテル社が1980 年代から1990 年代にとったパーソナルコンピューターのアーキテクチャロードマップ戦略であろう。インテルはこの当時もっとも高性能化が期待されていたCPU (中央処理装置) をコンピューターメーカーに提供していた部品メーカーである。普通の力関係であれば、コンピューターメーカーがCPUを選ぶ立場にあるが、この関係をひっくり返した。インテルは、コンピューターを構成する主要素(CPU、メモリー、ハードディスク、コントローラー、電源ユニット、および主要部品のインターフェースや物理的デザイン等) を含めたコンピューターの全体像とその発展の方向性をアーキテクチャロードマップとして描くことでインテルが考えるCPUのイノベーションへコンピューターメーカーを誘導し、自社製品が常に選ばれる状況を作り出した。

 近年でも下流メーカーを引き寄せてしまう事例が、自動車産業で存在する。欧州のメガサプライヤーの一つであるボッシュは、部品サプライヤーでありながら、自動車開発のイニシアティブを取って高い利益率を獲得している好例である。ボッシュの特徴はサプライヤーでありながら、将来の自動車の姿を描き、それを実現するために必要な各部品の技術ロードマップを作っている。この技術ロードマップ作成については、ボッシュ本社に専門の研究機関を設置する程の力の入れようである。


部品メーカーの正のサイクル

 ボッシュは作成した技術ロードマップをベースに、複数の自動車完成車メーカー(OEM) と自動車の将来像を議論し、自らのロードマップにOEMを巻き込んでいくことで、サプライヤー主導の製品開発を実現しているのである。ボッシュは開発の主導権を握ることができると共に、売り先が見えた状態で開発を行えるため、思い切った研究開発投資が可能となる。多額の研究開発投資によって他社を寄せ付けないスピードでイノベーションを起こして競争優位を獲得する、という正のサイクルを構築しているのである。(図C:参照)

 ASMLの例のように、上流メーカーが下流メーカーと手を組むことで必要なイノベーションの発現を確実にすることや、インテルやボッシュの例のように、上流メーカーは下請的な仕事の仕方をするのではなく、自ら能動的に最終製品の開発をリードしたり、方向性を示すことで、自社のイノベーションを加速化していくことは可能である。

 さらに、ボッシュの例のように最終製品の開発コンセプトを自ら描くことで、製品ライフサイクルの全てのステージにおいてイノベーションの源泉を獲得することができる。これを実現するためには、上流会社が原料開発や調達といったさらに上流の会社まで巻き込んで開発を行うというバリューチェーン上の連鎖が重要である。

Copyright (c) Roland Berger. All rights reserved.

ページトップに戻る