ASEAN経済共同体(AEC)がもたらすインパクト:飛躍(2/3 ページ)
ASEAN地域の成長に向けて各国が一体となった取り組みとして、2008年からASEAN経済共同体構想が進められている。4つの戦略目標が設定されているが実現すれば、自由な経済活動が対外投資も呼び込み、ASEAN経済は更なる発展が期待される。
AECによる事業機会の増加という観点では、ある日系電機メーカーが自社向けにタイで製造していた電気機器部品を、関税撤廃によるコスト競争力の拡大を生かしてASEAN他国の現地メーカーにも供給を始めた事例がある。また、今後熟練労働者の移動自由化政策が進めば、医療や介護等の関連サービスをASEAN内で展開していく動きが加速するだろう。
(2)について、モノ・ヒトの移動量が増加すれば、物流・インフラ関連での事業機会が拡大する。ASEAN域内におけるクロスボーダー物流ニーズの増大のほか、特に後発国における、鉄道・空港・道路・港湾等、交通インフラ整備ニーズの拡大、セメントや建材、輸送用トラック・建機等、物流インフラ周辺ニーズの拡大が見込めるだろう。
クロスボーダー物流については特に、メコンデルタ地域の国々(タイ・ミャンマー・ラオス・カンボジア等) 間の物流量が増加しており日系流通企業もメコンデルタの後発加盟国への進出を加速させている。ただし、各国の交通インフラや法規制の整備は途上であり、効率的な陸路物流の完成には未だ時間を要すと思われる。(図D参照)
(3)について、AECによる経済成長の押し上げ、各国の経済水準の向上に伴う中間層の増加は、各セクターにおけるASEAN市場規模の拡大をもたらす。ASEAN内外企業の資金需要の増大に伴い、投資機会も増加するだろう。ASEANにおける中間層・富裕層世帯の数は2010年時点の3.4億世帯から2020年には4.8億世帯と、10年で1.5倍近くまで拡大すると見込まれている。一般的な中間層の定義となる年間可処分所得が5,000 ドルという水準を超えると、電化製品やサービス、ラグジュアリー分野での消費やヘルスケアへの関心が高まる等、消費性向も変化し、ASEANの消費構造が大きく変化することが見込まれる。(図E参照)
3.AECがもたらす複雑化とは
AECの進展により、ビジネスチャンスが広がる一方、事業戦略の構築・実行にあたり考えるべきことは複雑化しており、事業はより難しい舵取りが求められるようになる。
ASEANは人種・宗教・経済力等による各国間の差異が大きい、多様性を持った地域であり、事業戦略も各国単位で語られる傾向があった。ただし、今後はAECの進展により、ASEAN全体の動向も事業環境にインパクトを与える。また、企業のオペレーション領域や対象市場自体も、ASEAN広域に拡大していくASEANで事業を行う日本企業は、いかなる規模でも、(1)ASEAN全体最適での舵取りと、(2)各国・産業単位の個別事情の双方を考慮していく必要がある。
また、AECが目指す統合は2015年末に一気に完了するものではなく、時間をかけて進んでいくものであり、未成熟な行政等、課題も山積している。その中で戦略を構築していくには、(3)ASEANの課題を理解した上で、AECの段階的な進展にあわせて適宜戦略を見直していくことが重要になろう。(図F参照)
(1)のASEAN全体最適での舵取りについて、例えば事業基盤の構築においては、以下のポイントについて域内での全体最適を重視していくべきである。
また、ASEAN事業の収益体制を強化する観点では、以下のポイントについて域内最適を追求していくべきである。
(2)について、欧州のECとは異なり、AECは統合が進んでも各国間の差異は大きく残ると考えられる。もともと人種・宗教・経済力等の各国間の差異が大きく、また、AECは欧州ECと比較して将来的に統合される領域が小さいためである(例えば、AECには共通通貨は存在せず、ヒトの移動も限定的)。また、AECにはECのような共通ガバナンス機能や強制執行能力がなく、統合に向けた取り組みは各国単位で進められることから、各国・産業において進捗にバラつきが生じやすい。
例えば、AECの進展によるコネクティビティの改善は、海路・空路と比較して陸路が圧倒的に大きいことから、タイを中心とするメコン川流域の陸国は前向きな一方、インドネシア・フィリピンなどの島国は消極的な傾向がある。また、AECの進展は、域内経済格差の固定化、人材流出を招きかねないとの懸念が後発国を中心に広がっている。更に、各国とも、卸・小売などの中小企業が多い産業には、保護色が強い。クロスボーダーで事業を手がけて利益を享受し得るプレイヤーが少ない製薬など、産業界がAECのメリットを強く感じておらず取り組みが進んでいない業界もある。
企業の戦略構築にあたっては、特に以下のような観点において、各国・産業別の個別事情を考慮する必要が出てくる。
- 国別マーケティングによる顧客・市場の見える化、それをふまえた商品企画
- 国別の事情をふまえた調達・販売ネットワークの構築
- 国別の人材獲得・育成
- 国別の資金回収ノウハウ
- 各現地パートナーとの協業検討
- 各国政府へのロビー活動の検討 等
また、各国ごとに異なるAECの進捗度の適宜確認、各産業におけるAECへの取り組み状況の見極めも重要である。
(3)について、ASEANの事業環境の具体的における課題は図Gをご参照いただきたい。
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