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ASEAN経済共同体(AEC)がもたらすインパクト飛躍(3/3 ページ)

ASEAN地域の成長に向けて各国が一体となった取り組みとして、2008年からASEAN経済共同体構想が進められている。4つの戦略目標が設定されているが実現すれば、自由な経済活動が対外投資も呼び込み、ASEAN経済は更なる発展が期待される。

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 課題が山積するなか、AECが目指す統合は時間をかけて進んでいく。各課題を理解した上で、AECの段階的な進展にあわせて、適宜戦略を見直していくことがASEANの事業においては重要である。

4.競合となるASEAN企業の取り組み

 AECの進捗が想定よりも滞る中、事業環境へのインパクトについては、「事業環境は何も変わらない」「AECの実現は未だ先である上に、有効性には疑問が残る」等の意見も存在する。

 但し、ASEANの大企業は、AECを踏まえ足元でしたたかに体制を構築している。

 「モノ・ヒト移動に伴う障壁の低減」の観点では、ASEANで広くハンバーガー等のファーストフードチェーンを展開するJollibee社(フィリピン) が、AECを活用して調達先をASEAN域内で最適化し、原材料・物流コストの最小化に成功している。例えば、コーヒーはベトナムから、スパイスはマレーシアやインドネシアから直接調達している。同社CEOはメディアインタビューにおいて、AECによる貿易障壁の解消でサプライチェーンがより効率化され、ASEANでの事業成長が加速したと語っている。

 また、インドネシアのコングロマリットであるLippo グループは、今後成長が見込まれるASEANの医療事業に先行投資する方針であり、2014年にはミャンマーの現地企業と同国内の病院ネットワーク開発について提携。今後AECの進展により熟年労働者の域内移動が実現すれば、域内医療事業の発展の後押しになるだろう。

 「域内モノ・ヒト移動量の増加」という観点では、アヤラやSMグループ、サンミゲルなど、フィリピンの大手コングロマリットが国内の交通インフラ事業を強化している。また、タイのサイアム・セメントは域内のインフラ投資に伴うセメントの需要拡大を踏まえてタイ国内外にセメント工場を急ピッチで増設している。

 「AECによる経済成長押し上げ」については、各小売大手がASEAN広域展開に向けた動きを強めている。タイのコングロマリットであるCPグループは、2013年に約66 億ドルで大手ディスカウントストアのサイアム・マクロを買収し、ベトナムやミャンマー、カンボジア、ラオス等、タイ周辺国への展開を急いでいる。また、フィリピンの小売系コングロマリット、SMグループは、今後5年で、4千億ペソ(約90 億ドル) を投資し、フィリピンのみならずカンボジアやその他各国へのショッピングモール展開を目指している。

5.日本企業への示唆 

 日本企業は、今まではASEANにおいて優位性を保っていた存在であった。しかし今後のAECの進展とともに複雑化するASEANにおいての立ち位置は、磐石とは言えない。事業環境が大きく変わる中で、過去からの事業モデルや保有アセットはかえってレガシーとして企業の足かせとなる可能性もあり、今後のASEANの事業環境を見据えた、迅速で適格な判断力が求められている。

 一方、欧米・中韓企業は一部の企業を除き、従来はASEANへの展開について日本企業に遅れをとっていた存在であった。しかし、新しい市場へ彼らがゼロベースで進出してくる中、効率的に事業を構築し、日本企業の強力なライバルとなる可能性もある。

 更に、ASEAN企業は最も有利な状況にある。ASEAN企業は、従来中小規模のものが多く、ドメスティックな事業展開が主であった。しかし、AECはASEAN企業・ASEAN人に有利な仕組みである。特に、華人を中心としたASEANのコングロマリットは豊富な資金力、各国政府との関係や事業ネットワークを生かし、一気に域内の勢力を拡大する可能性がある。

 より複雑化が進み、競争環境が激しくなる中でも、日本企業が勝ち抜いていくために考えるべきことは、(1)マクロ・ミクロの視点を両方持つこと、(2)チャンスを引き寄せること、(3)チャンスに備えて構えること、の3点と考える。(図H参照)


図H:日本企業が勝ち抜いていくために考えるべきこと

(1)マクロ・ミクロの視点を両方持つこと

  • AECの進展により、企業はASEAN全体の動向に左右され、ASEAN全体最適での事業の舵取りがより重要になる。但し、各国・各産業の事業環境には引き続き差異が大きく、個別の視点も不可欠である。
  • なお、AECはあくまでもASEAN企業向けの取り組みであるため、各国政府やASEAN企業が積極的でないと進まない一方、両社がしっかり組めば一気に進む可能性がある。

(2)チャンスを引き寄せること

  • AECの進展は道半ばであり各国政府やASEAN有力企業の意向で方向性は大きく変わりうる。
  • 今からロビー活動や現地財閥とのアライアンス等でその輪に入り込んでいけば、自社に有利な方向に導ける可能性もある。

(3)チャンスに備えて構えること

  • 引き寄せたチャンスを、スピーディーにものにしていくべく、早急に体制を整えておく必要がある。AECの進捗が遅いという理由で今行動しなければ、ASEANその他の競合に先を越される可能性もある。
  • マクロの観点では、地域統括機能を設置してASEAN全体での生産性向上・効率化を図る、タイムリーな意思決定ができるように日本の本社から一定権限を委譲する、等の取り組みが考えられる。また、常時の情報収集のための体制構築も重要である。
  • ミクロの観点では、各国にマーケティング機能を置き現地化を進める。一方で各国のニーズに効率的に応えられるよう、共通化する部分と個別に作りこむ部分を分けた商品設計をする、等の取り組みが挙げられる。

 AECの進展には今後も紆余曲折があるだろうが、ASEANは今後も日本企業にとって重要な市場であり、行動が遅れては環境変化後の市場で勝ち抜いていくことが難しくなる。この重要な岐路において、マクロ・ミクロの観点に立ち、チャンスを引き寄せ、来るべきチャンスに備え、構えておくことが重要である。

著者プロフィール

石毛陽子(Yoko Ishige)

ローランド・ベルガー コンサルタント 

東京大学文学部卒業後、日系証券会社に入社。日本・シンガポールにて経営企画・投資銀行業務に従事した後、ローランド・ベルガーに参画。金融、商社、メーカー等幅広いクライアントを対象に、成長戦略、市場参入戦略、技術戦略、営業・マーケティング戦略のプロジェクト経験を多数有する。2015年より、シンガポール・ジャパン・デスク在籍


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