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【新連載】人生に関わる疾病から命を守るには知っておきたい医療のこと(1/2 ページ)

がん、脳梗塞、心筋梗塞そして認知症。尊厳を奪い人生を台無しにし得る疾患から自分を守るためにはどうすればよいのか。

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 現代社会において、がんはそれにより多くの方が命を落とす代表的な疾患の一つです。医療技術が目覚ましく発展している昨今においても、その死亡率は年々増加し、がんは対策が急務と言える国民病です。そして、社会で主軸となるべき40〜60歳代の人々の死因の中で、がんが突出して多いことは軽視できません。

 また、脳梗塞、心筋梗塞など動脈硬化が背景にある疾患は、日本人の生活習慣が欧米化してきただけではなく社会の高齢化に歯止めが効かないために、その発症数の増加傾向が続いてきました。これら脳梗塞、心筋梗塞などの血管病は予兆なく発症するという特徴があり、つい先ほどまで何事もなく普通に生活していた人が突然これらの疾患を発症して命を落とすということがしばしばあります。自分でも気づかないうちに進行して重症化するこれらの疾患はサイレントキラーと呼ばれ、発症したときには時すでに遅し、ともいえる厄介な代物です。

 そして、昨今、メディアでもよく取り上げられている認知症発症者数の急激な増加も決して他人ごとではありません。認知症は本人のみならず周囲の家族や生活、仕事で関係のある方々全てに負担を強いる疾患です。認知症は社会に与える影響力が他の疾患に比べて特に大きいので、統計上の数字以上にその弊害は甚大であることを認識しなければいけないでしょう。

 がん、脳梗塞、心筋梗塞そして認知症は、現代医療において最もマークされる疾患群ですが、それらに対する理想的かつ有効な対処法は、その発症を予防することです。一方、一旦発症すると徐々に悪化して重症化する、もしくは突然発症して進行する、という性質を持っている疾患に対しては、言うまでもなく早期診断、早期治療も肝要です。

 先日、「突然の病から自分を守る、医師が教える予防術」と題して、がん、心筋梗塞、脳梗塞、認知症への対策のヒントについて講演の機会を得ました。その内容をベースにしてこれらの疾患対策として役立つ情報を何回かに分けて連載する予定です。初回である今回は総論的な内容ですが、皆さんがバイアスのかからない情報を得て医療を正確に理解するための手助けになることを願っています。そのためには、一般の方々は通常あまり考えることのない、昨今の医療事情や、学問としての医学の未完成な部分、そしてわれわれ医師を取り巻く環境について触れておくことが大切だと思います。

 医学の昨今の急速な進歩には目を見張るところがあります。その背景には、(1)ヒトゲノム解析、(2)遺伝子と疾患との関係解明、(3)iPS細胞の発見など再生医療技術の急速な展開、などがあります。

 ヒトの遺伝情報を掌握するためのヒトゲノム計画は1990年に米国国立ヒトゲノム研究センターで正式に開始され、英国、日本、フランス、ドイツ、中国がそのプロジェクトに参画し、2003年前後、予定よりも前倒しでヒト全ゲノムの解読が成されました。その後の研究により各種疾患の原因となる遺伝子に関する理解が進み遺伝子治療に関する研究も昨今急速に進展しています。その功績によりノーベル賞を受賞することになった山中教授が2006年にiPS細胞を発見してから、再生医療に目を向ける科学者、基礎医学者、臨床医の数も急激に増加しています。

 これら飛躍的な医療の発展を成し遂げてきた背景には、無知の知ともいうべき真理への飽くなき探究心が欠かせないものでした。科学にひたすらに打ち込み、それまで知られていなかった現象を発見し、そのメカニズムを認識することで、また新たに知られていないことに気付くことになる、ということは科学者達の常識です。

 例えば前述のヒトゲノム解析においてヒトの全遺伝子が特定されたとしても、遺伝子以外のDNA部位はどのような役割を果たしているのか、または、新たに同定されたマイクロRNAはどのように遺伝情報伝達に役立っているのか、など未知の領域が次から次へと出現してきます。

 また科学的に証明されたものを臨床にいざ応用してみると、実際はいろいろなトラブルに見舞われ再検証を余儀なくされることがあります。例えば、iPS細胞は自己の細胞から作られたさまざまな組織や臓器の細胞に分化できる万能細胞として発見され細胞移植治療への応用が期待されていますが、実際に臨床応用する際には、がん化や腫瘍生成のリスクコントロールが余儀なくされ、安全面でクリアしなければいけない課題が山積しています。そして、昨日まで常識であったことが今日突然として非常識となることもあります。

 例えば、特に高齢者では高血圧の厳重管理が脳卒中などの発症予防ともなり寿命を伸ばすと考えられていましたが、あまり厳格に血圧を管理すると高齢者はむしろ死亡率が増えるとの報告は示唆的なものでした。真理の追究は尽きることがありません。試行錯誤、紆余曲折を数限りなく繰り返しても真理は容易に手中に収まることがないのです。

 「医師は博識で全てのことを知っている」と見られがちですが、探究心旺盛で勉強熱心な医師こそ、「医学を学べば学ぶほど自らの無知を思い知る」ことにもなります。

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