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「カスタマー・ハッカー」コンセプト――「モノ売り」脱却への道視点(1/3 ページ)

質の高いものを開発し、つくりこみ、ふんだんに機能を揃えて販売する。この日本の製造業のモデルはジリ貧だ。生き残るためには新しいビジネスモデルを恐れずに挑戦すること。

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Roland Berger

1、ジリ貧の「モノ売り」 ビジネス

 つくって、売る。この製造販売のモデルは、これまでずっと日本の産業を支えてきた。質の高いものを開発し、つくりこみ、ふんだんに機能を揃えて、販売する。しかし、これまで賞賛されてきたこの日本品質による競争力は、確実に脅かされている。

 お家芸だったテレビは、投資戦略の失敗や自前主義に陥ったことでコスト競争力の低下を招き、韓国をはじめとする新興国に押されている。クルマも VWなどによるモジュール戦略によって、徹底的に効率化されたモデル開発が進む。

 フランスの鉄道車両メーカーであるアルストムは、Health Hubと呼ばれる車両の故障・不具合を予知するシステムを構築し、車両提供とメンテナンスを有機的に統合したサービスを展開、新興オペレーターに対応している。

 いずれにしてもこれまで同様のものづくりやモノ売りでは、日本のメーカーは今後戦ってはいけないことを物語っている。顧客が求めているものを描きながら、自前主義にこだわらない適切な機能の陣立てで、ニーズにぴったりと寄り添った機能・品質、かつ競争力ある価格の製品や周辺サービスを提供していかなければ生き残れないのだ。

2、メーカーにとっての「次の一手」 が見えてきた

顧客ニーズのその向こうをとらえる「カスタマー ・ハッカー」というコンセプト

 しかしここへきて、日本のメーカーにとって新たなチャンスがめぐってきた、と筆者は考えている。 世の中に散在する新しい技術やしかけ(今後これを「道具立て」と呼ぶ)をうまく取り入れて、これまでのものづくり・モノ売りから脱却することができる時代がやってきたのだ。この 「道具立て」 を使えば、製品によって満たしてきた顧客ニーズよりもさらに深い、本質的な顧客ニーズをとらえられる可能性を秘めているのである。

 言ってみれば、これまで提供してきた製品というのは、顧客が達成したい目的のうち、ほんの一部のニーズをとらえたものにすぎない。例えば LEDというのは、顧客が「明るさ」を求めることに応えているものである。しかし、「明るさ」ニーズのその向こうにはもっとより多くのニーズがうごめいている。例えば、人がいない時に照明がついているという電力の無駄をなくしたい、老朽化した照明器具の付け替えをスムーズにしたい、自由化を捉えて電力コストを最低限に抑えたい……ニーズというのは実に奥深いものだ。

 そこで LEDを製造するフィリップス社は、LEDによる "Lighting as a Service(LaaS)"、「光をサービスとして提供する」 サービスを打ち出した「道具立て」 としてセンサーやサーモスタットを用い、遠隔地から照明器具の状況、日照時間やその場所の明るさ、場所の使用状況、LEDの稼働時間、温度などの環境条件をデータとして収集し、状況に応じて照明のオンオフと明るさを制御する。

 それにより、電力コストや CO2排出量を削減する。 さらに蓄積した稼働時間データや環境条件の情報から機器の寿命を予測し、予防保全や迅速な修理にもつなげている。実際の事例では、68%の電力削減をワシントンDCの交通局において実現予定である。

 結果、フィリップスの LEDの受注確率を上げるとともに、保守などのサービスフィーの取り込みにも寄与している。「LED照明の製造販売」から「光・明るさを適切に提供し、電力コスト・保守コストの削減」へと進化しているのである。

 すなわち、いま満たしているニーズ以上の、その向こう側にある「本質的な顧客ニーズ」 をどこまで切り取り、既存の技術やしかけでそれをどのように満たし、どうマネタイズするか、ということが大きな問いなのである。

 これこそ「カスタマー・ハッカー」コンセプトの出発点だ。顧客の本質的なニーズを"ハック"する、ということであるが、"ハック"とは何も悪い意味ではない。もともと「システムの動作を解析し、プログラムを改造・改良する」行為を指す。

 昨今「グロース・ハッカー」や「ライフハック」 ということばを耳にするように、そもそもそういった意味に所以する。要は「カスタマー・ハッカー」とは、センサーなどのさまざまな道具立てを使って顧客の本質的なニーズをあぶり出し、同様に新しい道具立てを使って新たなビジネスを構築することであり、この本質的な顧客ニーズの定義に立脚している。

 「道具立て」といっているが、昨今ではさまざまなものが出てきている。センサーやサーモスタットに限らず、ドローン、3Dプリンタ、ウェアラブル端末、ロボット、クラウド、エッジサーバ、データ解析技術、フィンテックなど枚挙に暇がない。

 この「道具立て」と「本質的な顧客ニーズ」 を組み合わせて、先ほどのフィリップスの例のような新しいビジネスモデルへと組み上げていくわけだ。要は、本質的な顧客ニーズの"ハック "+道具立て+新しいビジネスモデルへの組み上げ、この3つをうまく最適化することである。(図A参照)


「カスタマー・ハッカー」コンセプト

 これが実現できれば、メーカーにとってはとてつもないメリットがもたらされる。

 収益源の多様化。モノ売りによる一回きりの収益から、ストック的・永続的な収益モデルをも構築できるということである。LED照明器具を 5千円で売って終わりなのでなく、電力コストも取り込みながら最適化することで、削減分の一部を永続的に享受することができる可能性がある。

 顧客の囲い込みと高い参入障壁。現在そのような形で価値提供する競合がおらず、かつ顧客のスイッチングコストも高くなるため、スイッチがおきにくくなるというメリットをもたらす。すなわち、顧客にとってのサプライヤーではなく、ビジネスパートナーへと進化することができる。

 顧客ニーズの更なる深掘り。LEDの例で言えば、顧客のエネルギーコストのマネジメントや調達分野などに出て行くという広がりも考えられるようになる。

 捉えてきた既存の顧客ニーズにとどまらず、モノ売りにも拘泥せず、ビジネスモデルの進化によって、新しい事業をしかけていく。これこそが「カスタマー・ハッカー」コンセプトなのである。

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