定年を正しく理解し、その対応を間違わないように:ビジネス著者が語る、リーダーの仕事術(1/2 ページ)
人生は登山のようなものである。上りは苦しいが頂上という目標がある。下山は達成感があり、楽だし、景色も楽しめる。定年は頂上で中間点である。楽しく下山するためにはどのように過ごせばいいのだろうか?
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アメリカのビジネスマンは、世の中に確かなことは2つしかない、死と税金である、という。
それ以外のことは、自分で解決してみせる、という反語でもある。死も、現世で功徳をつめば、来世は天国で楽しく暮らせる、ということで、解決できる。宗教界はそれで繁盛している。税金も、国のためと思えば、払いやすい。私の人生の師、ソニー創業者の井深大は、ソニーは国のために働いているのです、と言っていた。私の小さな人材紹介会社も、創業以来15年、節税、減税など考えたこともないし、税金は人件費に次ぐ最大の支出項目である。あまりもうかっていないので、納税額が少ないのが恥ずかしいだけである。
日本のビジネスマンにとって、確かなものは、もう一つ、定年がある。それは必ずやってくる。定年もその正体を正しく理解し、対応を間違わなければ、人生にとって非常に有用なものである。現今の、老後の不安は、定年制度の誤解に起因することが多い。アメリカには定年はない。日本もそうすべきだ、と言う人がいる。とんでもない。定年が無ければ、一年契約のプロ野球選手と同じで、毎年が定年である。子育ても、マイホームもままならない。定年があるから、長期の安定したキャリアプランができる。定年は、長期安定型の日本の文化に非常に適切で、もっと大切にしなければならない
定年制度は、平均寿命の延び、高度成長経済の終焉(しゅうえん)、人口減少などにより、本来予想していなかった混乱と不安を生み出している。それはもちろん定年の罪ではない。不要な社員を強制的に退社させる定年制度を、花束や感謝状で美化した企業側にも責任があるが、発生時間と場所が明確な災難の対策を十分に実行していない社員にも罪がある。またそのような、社会の変化に、定年延長、高齢者雇用促進資金、高齢者教育などの、まったくの愚策でしか対応できていない政府の怠慢も問われるべきと思う。
人生は登山のようなものである。登山は苦しいが頂上という目標がある。下山は達成感があり、楽だし、景色も楽しめる。定年は頂上で中間点である。多くの場合、下山は楽しくしやすい。まして、家庭や、仲間が祝杯で待っていたら、そんな楽しい事はない。そのような下山は、登る途中で、あるいはその前にしっかり計画しておかなければならない。
私の事務所には、定年前後の人がたくさん相談に来る。一昨日のこと、元ソニーの社員で以前相談を受けたことのある技術者の人から、急にちょっと会いたいという連絡があった。よくあることで、今の仕事がうまくいかなくなったのだろうと予想していた。
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