プロ経営者 松本晃会長の下、現場では何が起きていたのか――カルビー大変革の舞台裏:CIOへの道(5/5 ページ)
日本を代表するプロ経営者として知られるカルビーの元会長、松本晃氏。同氏がカルビーの経営に大なたを振るったとき、人事やIT部門はどんな施策でそれに対応しようとしていたのか。現場の取り組みに迫った。
――(聞き手 中野氏)情報システム部門としての今後の目標は、どのようなものになりますか?
小室氏 「社員と事業の生産性を上げる」、それだけです。各部員には担当するプロジェクトを通じて、何をどれだけ減らすとか、どんな方法で生産性を高めるとか、その部分にコミットしてもらいます。私自身の目標は、そういった新しいプロジェクトをたくさん立ち上げることです。
システムを止めたり作らないことも、生産性を上げるという目標への貢献になります。「言われた通りに作るのだけが仕事じゃないよね」と言うと、最初は部員は驚いていましたが、今ではみんな納得していて、あちこちでけんかしてくれてます(笑)。
――クックパッドでも、この1年半で基幹システムを全部入れ替えました。Webサービスは生産や販売の機能がないので、製造業と比べれば規模としては随分と小さなものだとは思うのですが、それでも現場からは、石がそれなりに飛んでくるような状況でしたね(笑)。
同時にITのチーム作りも進めていたのですが、おっしゃるように「言われたことをそのままやるのではなく、経営の問題を解決するのがわれわれの仕事です」と言い続けました。それでも理想と現実のギャップはもちろんありますが、ここを間違えると組織として大きな違いになってしまう。われわれは何者で、何のためにここにいるのか――という問いを繰り返すことは、非常に大切だと思います。
小室氏 私自身がこの2〜3年で学んだのは、使っているユーザーの生産性が上がっていなければ、それもITのコストだと考えなければいけないということです。だから、ExcelからSAPまで、今あるものの使い方を教えてユーザーのリテラシーを上げるという役割のメンバーを1人アサインしています。それで生産性が上がれば、効果は大きいはずですよ。
それと、先ほど話題に上った分権化ですが、これはシステム部門からすると悪夢ですよ。それぞれの本部で最適化したシステムを作ろうとしてしまうので、何か横串でやろうとしたときに「誰が責任を持つんですか?」ということになる。責任をたどっていくと社長に行き着くわけですが、そこは開き直って「俺たち情報システム部門がやるしかない」とメンバーにも言っています。
――非常によく分かります。CIOなど、全社で強力に横串をさす仕組みを持たない組織では、最後は自分たちの信念しかないと思っています。横串組織であるコーポレート部門が会社全体の利益を見なければ、一体誰がみるのだと。仕組みがないからといって、自分たちがやらなくていい理由にはなりませんから。
松本政権後をどう生きるか
――現状の課題や、新たに取り組もうとしていることについて教えてください。
福田氏 松本経営体制では従業員に自立と実行力を求め、人事としてはかなり性善説に立ったやり方をしてきました。なるべく自由にやってもらい、もし、うそをついたり間違ったことをしていたら介入する――という方法です。これについては変えなくて良いと思うのですが、「自立した人材」というあまりに「カルビーで活躍してほしい人材」の具体像について思考停止していた部分があると思うんです。もちろん多様性は必要ですが、根っこのところでどういう強みや特徴を持った人が必要なのか、そこについてあらためて議論しているところです。
――社員を自走させるための教育プログラムのようなものはあったのですか?
福田氏 箸の上げ下げみたいなことまで事細かに教える必要はないということで、最低限に抑えてきました。一方、コミットメントをベースに、「必要なことを自分で学びに行けるような自己啓発制度」を充実させてきました。
ただ、自立できる人を育てる役割を担うマネジャーの方を、もう少しトレーニングしなければならないと考えています。「上司がプロセスを見ない」「ほったらかしになっている」という面が、成果主義の弱点として出てきてしまっているので……。
例えば、今は上司と部下の「1on1」を、コミットメントを結ぶ時、半年たったタイミングの中間レビュー、最後の振り返りという、3回を必須にしているんです。その間のコミュニケーションをマネジャーに任せたところ、対話や動機付けの場面が減ってしまいました。成果主義というのは上司と部下の関係性がベースになるので、プロセスは評価しなくても、都度サポートしていくような形に進化させることを考えています。
小室氏 ITに関しては、一番大きなイベントであったERPの入れ替えが落ち着いて、次はもう少し「攻め」の方にもいかなければ、と考えているところです。ただ、お菓子の会社が極端に突出したITを自慢しても仕方ないわけで、素晴らしい商品を出して、お客さまの共感を得る――。それをサポートするためのITでなければいけません。
いわゆる「モード1」といわれる守りのITに関しては、まだまだコストが下げられると思っています。例えば、アウトソース先のパートナーさんとの間にたくさんの調整が発生することで積み上がっているコストがあります。無駄な調整が発生しないようにすることで保守運用のコストを減らし、その分、新たな提案をしてもらう、という方向に持っていきたいですね。
そうやってコストを下げた分を「モード2」に持っていきます。例えば生産に関しては工場の人手不足が課題ですから、芋の選別を自動化するためにディープラーニングを取り入れてみようとか、各装置のステータスを統合して見られるようにして生産管理に生かそうとか、そんな話をしています。販売のところでは、店の棚割りの把握と分析にモバイルツールやデジタルを使えないかという実験をしています。海外も含めたデジタルマーケティングも、今後の課題ですね。
もう一つ、先ほどお話した社員のITリテラシーを上げて生産性の向上を図る、これは「モード3」とでも言ったらいいのでしょうか。これも投資としてやっていきます。
――私が前職で本格的にシステム企画を担当しはじめた頃、「システムを語るには、システムより前の部分、つまり企業の文化や組織の在り方、経営についても考える必要がある」と強く思いました。
その時に大いに参考にさせて頂いたのが、カルビーの松本晃さんとミスミの三枝匡さんのやり方で、それはもう、記事や本など目につくものは全部読んで、自分なりに方法論をトレースしてきました。それからずっと、「実際にプロ経営者と一緒に仕事をするのはどんなことなのだろう」と思っていたので、お話を聞くことができて勉強になりました。
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