プラットフォーマーとして、IoTで何かやりたい人の「触媒」になりたい――ソラコム 代表取締役社長 玉川憲氏:長谷川秀樹のIT酒場放浪記(2/4 ページ)
2015年にIoTプラットフォーム「SORACOM」をリリースしたソラコムの代表取締役社長 玉川憲氏。前職であるAWSでの経験や起業家としての思い、IoTの未来を見据えたビジネスビジョンとは。
AWSが成功した理由
長谷川: 玉川さんは最初にIBMに入られて、その後AWSに行き、2015年にソラコムを立ち上げたわけですけど、どういう思いでそれぞれの選択をしてきたんですか?
玉川: 大学院では、バーチャルリアリティーの研究室に入ったんです。『スターウォーズ』でいう“ビデオアバター”みたいのを作っていたんですけど、それが楽しくて。立体視のできる3眼カメラのSDKとかを読んで「これ使ったらこんなことできちゃうんだ」なんて、APIを見ながらコーディングしてる時間は、“すごく静かで穏やかな、すてきな時間”で、その時間がいとおしかったんですね。
でも社会人になると、そういう時間から離れることになると思ったので、基礎研究がやれるところがいいなということで、IBMに入ったんです。
長谷川: そうだったんですね。
玉川: IBMでは、ウェアラブルコンピュータを開発したり、特許や論文を書いたりして、3年くらいは楽しい時間を過ごしました。でもある時、会社的にはそのプロジェクトを閉じる方向が決まったんですね。一生懸命やってきたものが世に出ないというのがけっこうショックで、研究者としては路頭に迷いそうになりました。
ふびんに思ったのか、当時の上司は僕を常務だった堀田一芙さんの補佐に送り出してくれました。そこでの経験で、自分がすごく狭い世界で生きていたなと気づいたんです。周りをあまり見ることなく、“静かで穏やかな世界”の中で一生懸命やっていた。それは楽しくてすてきだったんだけど、会社としては、パーソナルコンピューティングをやめてサービスに切り替えていき、僕がやっていた研究はなくなる方向だった。そういう大きな流れを全く分かっていなかったんですね。
それじゃいかんなと。静かで穏やかな時間というのはすごくすてきなんだけど、そういう環境を作ろうと思ったら、もっと大きな流れや世の中のことを知る必要があると気付きました。それで、昔からグローバルで活躍したいという思いがあったので、必ず留学しようと決めたんです。
補佐をやっているときに、Rational Software(ラショナルソフトウェア)という、UMLとかモデリングツールを売っていた会社をIBMが買収しました。そこに飛び込んで、ラショナルのコンサルタントからはトレーニングコーチとか、プリセールス営業とか、エヴァンジェリスト的なコミュニケーションとか、いろいろなことを学ばせてもらいました。
その後、念願かなって留学できることになって、2年半くらいアメリカに行ったんです。留学した年が2006年、ちょうどアメリカでAWSが始まっていて、すごい衝撃を受けまして。帰国後にラショナルソフトウェアで新製品の立ち上げとかをやっていた時、AWSが2010年に日本で事業を立ち上げるからというので、お声がけをいただきました。アメリカで見た時の感激があったので、「これはやらざるを得ない」と。
長谷川: ほうほう。
玉川: 当時、ラショナルソフトウェアで「Team Concert」(現 IBM Rational Team Concert)という、アジャイル開発のためのツールを立ち上げていたんです。今でいう「GitHub」と「JIRA」と「Jenkins」の融合みたいな“すてきな製品”だったんですけど、すごく苦しんだのは、お客さんはそういうツールを使いたいだけなのに、サーバもツールも買ってもらう必要があって、すごく面倒なんですよね。まだSaaS(Software as a Service)モデルのようなものがなくて。
「これってクラウドだったらすぐできるじゃん」というのもあったし、アジャイル開発ってきちんとやろうと思ったら、インフラもアジャイルじゃないとできないので、やっぱりAWSって絶対必要だなと。新しいサービスを作るときに必要なものとしてきちんと広めたいと思って、AWSに入りました。
長谷川: それが2010年? その当時って、エンタープライズの企業がAWSを採用すると思ってましたか?
玉川: そうなってほしいと思ってましたけど、最初はすごくギャップがありましたよね。AWS自身も、VPCとかRDSもないみたいな完全体じゃない状態だったので、大企業からすると「しょせんインターネットの上のおもちゃでしょ」みたいな見方でしたね。
長谷川: ベンチャー系とかはいいにしても、エンタープライズで使うっていうのは、いろんな障壁がありますよね。ロジカルじゃないところの心理的な壁も含めて。その当時から「みんな使う」と思ってたのなら、鈍感なのか先見性があるのかどっちかじゃないと、なかなかね……。
玉川: でも、スティーブ・ジョブズが「Stay foolish」(ばかになれ)と言ったじゃないですか。僕はAWSを信じた“AWSばか”だったので、「こっちです。これが大事なんです」というのを、妄信的に言い続けられた。今思えばそれがすごくよかったのかな、と思っていて。
当時は「いつかは絶対、大企業もスタートアップもクラウドを使うのが当たり前になる」という確信があったんです。それが10年先なのか20年先なのかは分からないけれど、僕の仕事はそれをできるだけ早めることだっていう使命感がありました。
長谷川: 玉川さんが入られた頃からすると、AWSの売上って3倍以上に伸びたと思うんですけど、成功した理由は、今考えるとどういう点がありますか?
玉川: 日本はほぼゼロスタートなので、3倍どころじゃないですよ(笑)。
成功した理由は、いっぱいありますよね。顧客中心で競合とかはあまり見てなくて、長期的に「絶対こうだ」というのを質実剛健とやり続けるような企業カルチャー。それからWin-Winを作りやすいプロダクトというか、ハイボリューム・ローマージン(薄利多売)で、スモールスタートできて、スケールアウトできて、運用がラクになって、APIが使えてという。僕は「AWS型プラットフォーム」って言っているんですけど、その模範をつくったような会社なので。
入った時に、「なんて売りやすいんだろう」と感じたんですよ。ウソがないというか、お客さんをだます必要がない。もちろん、よさを理解してもらうハードルはあるけれど、いったん理解して使ってもらえると、みんな喜んでくれるし、楽しんでくれるというプロダクトだったので、売る方にとっても、お客さんにとってもハッピー。そういうのってめったにないですよね。
あとは、たゆまない進化というか、「Amazon RDS(リレーショナルデータベースサービス)があったらいいね」「Amazon VPC(仮想プライベートクラウド)があったらいいね」みたいに、お客さんの声を聞いて「それいいね」とどんどん作っていくので、一番最先端のところにいられたというのもありますね。
長谷川: 言葉では「クライアントファースト」だとかいう会社も多いけど、AWSみたいにまじめに顧客の話を聞くところはなかなかないですね。Googleなんて全然聞いてくれへんからね。「こういうふうにしたら、日本の大企業はもっと採用すると思う」っていうような話をしても、彼らの場合、二言目には「Googleの文化ってさ、オープンなんだよね」みたいなことでね(笑)。
玉川: (笑)
Amazonが掲げている「リーダーシッププリンシプル」というのが、14項目あるんですけど、1番最初にあるのが「Customer Obsession(カスタマーオブセッション)」、つまり顧客中心主義で、トップマネジメントもそれを実践していますからね。
ソラコムをやっていく上で、プラットフォームビジネスを作るお手本がすごく身近にあって、それを身近で自分事として見てきた、やってきた、というのは何よりも財産になっています。
長谷川: でも、日本のエンタープライズ系の人って、外資系のソフトウェアとか好きじゃないですよね。MicrosoftとかSAPくらい浸透したらいいけども……。
それかBIツールくらいだったらいいんですよ。でも、インフラじゃないですか。当初は「たぶん契約書も日本語じゃないんやろな」と想像して、苦労すると思いました。それなのに、ようエンタープライズの中であんなにいきましたよね。
玉川: だから、心が折れなくなりましたよね。お客さんのところ行ったときにボロカスに言われるんですよ(笑)。最初は「本屋さんが何しに来た」から、それこそ契約書のこととか、「ドル建てはどうなのか」とか……。当時は相当大変だった。でも、すごく楽しかったですよ。「使ってもらえば、よいものと分かる」という確信に揺るぎはなかったので。『三国志』でいうところの、「敵に囲まれた中で子ども(AWS)を抱えて1人でなんとか生きて帰ってくる趙雲子龍(ちょううんしりゅう)」みたいな気持ちでした(笑)。
ソラコムはIoTで何かやりたい人の触媒になりたい
長谷川: そんな中でAWSを辞め、ソラコムを立ち上げて、まずどういうところから狙うんですかね。
玉川: IoTって、それこそ6年前のクラウドに近くて、すごく夢があって面白いと思うんですよね。クラウドが基盤にはなっているんですけど、昔と比較すれば考えられないくらいのコストでデータが保存できて処理もできる。機械学習も出てきたし、インフラも、可視化の技術もある。また、モノも安くなって、「ラズパイ」とかコネクティッドデバイスみたいなものがあって、絶対何かが起こるのは間違いないんです。クラウドと一緒で、10年か20年か分からないけれど。
一方で、課題はたくさんあって、一昔前の「インターネットはすごいけど、何かWebサービスを作ろうと思ったらサーバはすごいの買わなきゃいけない」みたいなハードルの高さがあるんですよね。
僕らは、「AWSがそのハードルを劇的に下げて世の中をよくした」というリスペクトがあるので、ソラコムもそれをやりたい。プラットフォーマーって“美しい夢”だと思っていて、自分たちだけがハッピーになるのではなく、IoTをやりたいと思って立ち上がろうとする人たちをジャンプさせる触媒的な役割ができる素晴らしいビジネスだと思うんです。
アンディ・ジャシーっていうAWSのCEOが、「孫の代まで誇れる仕事をしよう」と言っていましたが、そういうことを日本発で、グローバルに向けて、しかもAWSを使ってやるというのは、ワクワクしかないですね。その夢を一緒に見てるのが、CTOの安川であり、集まってくれた片山や松井、小熊、清水のような優秀なエンジニアをはじめとしたチームの仲間です。
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