“東証を変えた男”が語る、金融業界の伝説「arrowhead」誕生の舞台裏――“決して落としてはならないシステム”ができるまで:日本郵便専務が明かす(4/4 ページ)
2005年11月から2006年にかけて、システム障害を起こし、取引が全面停止するという事態に陥った東京証券取引所。世間の大バッシングの中、そのシステム刷新をやってのけたのが、現在、日本郵便で専務を務める鈴木義伯氏だ。当時、どのような覚悟を持って、“落としてはならないシステム”を作り上げたのか。
“決して落としてはならないシステム”をどうやって生み出したのか
鈴木: 着任して3カ月後に今後の計画を提出した際、最も重視したのが、当時、東証が抱えていた「構造的な問題」を根本から解決することでした。現在の日本郵便にも同じことが言えますが、一番の問題は「企業内のITの構造が、『システム開発を目的としているITベンダー(企業向けのサービスやシステムを提供する会社)と同じ構造』になっていること」だったからです。
つまり、「自分たちが主体性を持って開発する」という構造になっていないんですね。本来は、技術を活用して事業を作り、お客さまにより良いサービスを提供するのがITの役割であるにもかかわらず、そうなっていない。それを可能にする構造に社内の体制を変えるために、その後、1年半ほどかけて東証用のエンタープライズアーキテクチャ(EA:企業のビジョンや目的を実現するために、組織構成や情報システムのあるべき姿、各部門の業務内容と連携の状況などといった要素を見直し、全体最適の視点で最適化する手法)を作りました。
中野: 具体的には、どのようなことを定めたのですか。
鈴木: 「何か物事を検討する際には、IT部門内だけでなく、業務部門と一緒に要件を整理する」「要求はどの時点でどうやってITベンダーに発注するかを明確にする」「その時にITベンダーとの間の契約はどうするか、業務部門とはどのように役割を分担するかをはっきりさせる」といったように、具体的な目的や目標を設定して、それらをきちんと実現できるプロセスになっているかどうかを工程の途中でしっかり評価するようにしました。
また、工程の最初の段階で、工程の組み方からチームの作り方、システムの作り方など、さまざまな面で考え得るリスクを全て抽出して、これらをどうやってリスクヘッジするかを整理しました。正確に言うと、リスクをヘッジするというよりは、リスクをコントロールするという考え方ですね。これらの方針や考え方をEAとしてまとめたわけです。
会社の文化はすぐには変わりませんから、まずは理想のモデルをEAとして提示して、それに基づいて社員が働けるようにしましたね。そうすると、徐々にそれにのっとった仕事の実績が積み上がっていき、何年かするうちに文化として徐々に定着していくんですよ。こうしたことを可能にするには、まずは仕掛けをちゃんと作る必要がある。
中野: そうすることで中で働く人の考え方が徐々に変わっていって、IT部門も組織全体としてやる気が出て、結果として一人ひとりが自走できる人間へと成長していけるわけですね。
鈴木: そうですね。厳しい仕事が多くなりますが、誰も文句なんか言わないですよ。こうした仕掛けを取り入れることで、自身がやるべきことがはっきり見えるし、やったことに対して会社側もきちんと評価できるようになるのだから。
中野: 「自分で問題を解決している」「自分で考えて自分で成果を出している」と実感できることが何より大事ですよね。IT部門の仕事は、どうしても“業務部門の御用聞き”になりがちですが、それでは優秀な人が伸びるわけがありませんし、そもそも優秀な人がそんなところで働きたいと思うわけがありません。
ちなみに、そうやって東証の構造を変革していったからこそarrowheadプロジェクトを成功に導けたのだと思いますが、社外のパートナー企業との関係性はどうたったのでしょうか。やはりそこも変えていったのでしょうか。
鈴木: 主要な開発パートナーは、実はトラブルを起こす前と同じ会社だったのですが、これは入札の結果、たまたまそうなっただけでした。しかし、トラブル前とは異なり、私たちもEAに基づいてどんどんプロジェクトに介入し、どちらかというとITベンダーをコントロールするように変わっていたから、新たな関係性を基に、互いに刺激し合いながら伸びていくことができました。
その証拠に、開発パートナーでarrowheadプロジェクトに関わっていた人の中から、その後、副社長や中枢メンバーに出世した人が何人か出ているし、それを見たパートナー企業の社内では「次のarrowheadプロジェクトには、ぜひ参加したい」という声も挙がっていたようです。
また、東証でも、当時のIT部門にいた人たちの中から、その後役員になった人が数人います。東証では現在、IT部門の存在感は他の部署と同等になっているし、CIOは生え抜きの人が務めている。外部から招いた人材ではなく、内部の社員からCIOを選べるようになったのは、とてもいいことですよ。そういう意味では、日本郵便はまだ成長の途上なのかもしれません。
中野: IT組織の戦闘力は、会社全体の強さに直結しますよね。しっかりやるとレバレッジを効かせることができます。
鈴木: 今の時代はまさにそうですね。かつてのように、業務をITに置き換えていた時代には、ITにはさほど大きな影響力はなかったわけですが、今日のようにITで事業を創る時代には、もうITの活用力が企業の成長そのものに直接影響を及ぼすのだから。
【中編「日本郵便の“戦う専務”が指摘――IT業界の「KPI至上主義」「多重下請け構造」が日本を勝てなくしている」(中編)に続く】
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
- 日本郵便の“戦う専務”が指摘――IT業界の「KPI至上主義」「多重下請け構造」が日本を勝てなくしている
先進国の中でもIT活用が遅れている日本。その原因はどこにあるのか――。日本郵便の“戦う専務”鈴木義伯氏とクックパッドの“武闘派情シス部長”中野仁氏が対談で明らかにする。 - 間違った方向に行きかけたとき、プロジェクトを止める勇気を持てるか――「東証を変えた男」が考えるリーダーシップの形
今やビジネス課題の解決に欠かせない存在となっているIT。この「ビジネスとITをつなぐ」かけはしの役割を担うリーダーになるためには、どんな素養、どんな覚悟が必要なのか。 - 「ビジネスとITをつなぐ日本一の人間になる」 RIZAP CIOの岡田氏は「無名時代のファーストリテイリング」で何を学んだのか
ダイエットのビフォーアフターを見せるテレビCMで一躍有名になったRIZAP。そんなRIZAPの“ビジネスとITをつなげる役割”を担うキーパーソンが、同社取締役でCIOを務める岡田章二氏だ。同氏が考える「ビジネスとITの関係」「あるべきCIOの姿」とは一体どのようなものなのだろうか? - CIOの役割は「会社の戦闘能力を上げること」 でも、どうやって? 変化の渦中でRIZAP CIOの岡田氏が描く戦略は
これから自社の戦略を大幅に変更し、成長路線を目指すRIZAPグループ。ファーストリテイリング出身で、現在、RIZAPグループでITと経営をつなぐ役割を果たすCIO、岡田章二氏に、変化の時代に会社の戦闘能力を上げるための方法や業務現場との付き合い方、CIOとしての持論を聞く。 - プロ経営者 松本晃会長の下、現場では何が起きていたのか――カルビー大変革の舞台裏
日本を代表するプロ経営者として知られるカルビーの元会長、松本晃氏。同氏がカルビーの経営に大なたを振るったとき、人事やIT部門はどんな施策でそれに対応しようとしていたのか。現場の取り組みに迫った。