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世界トップレベルのAI社会原則を策定した日本――課題は低いテクノロジーの活用レベル国際CIO学会公開講演会

今後の日本の成長戦略には、AIやブロックチェーンなどの最先端テクノロジーの活用が不可欠。さらに、米国、中国との関係をいかに構築するかが重要になる。

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次の時代に向け全社員が一丸でイノベーションに取り組む


早稲田大学教授 岩崎尚子氏

 NPO法人国際CIO学会は、早稲田大学教授で学会理事長の岩崎尚子氏をモデレータに、国際CIO学会公開講演会「日本の新成長戦略とAIによる課題解決」を開催した。まずは、沖電気工業 取締役会長の川崎秀一氏(学会評議員、情報通信ネットワーク産業協会前会長)が、「OKIのイノベーションマネジメント改革」をテーマに講演した。

 沖電気工業では、2017年8月より社長を中心にイノベーションマネジメントを推進。10月にはイノベーションマネジメント推進プロジェクトをスタートさせた。川崎氏は、「本業を1階、イノベーションの創出を2階とした“2階建て経営”と呼んでいる。英国ロンドンの2階建てバスのように、本業とイノベーションを一緒に推進するイメージだ」と語る。


沖電気工業 取締役会長 川崎秀一氏

 このプロジェクトでは、2つのフェーズで改革を推進している。第1フェーズでは、経営層の意識改革を行い、次に社内の意識改革を持続的に行うためのイノベーションマネジメント改革案を策定した。社内の意識改革では、イノベーション実績のある50人の社員にアンケートを実施。新しいことにチャレンジする意欲や提案能力が課題という結果を得た。

 この課題を解決するために、国連広報センターが推進する「持続可能な開発目標(SDGs)」に取り組んでいる。川崎氏は、「ビジネスの目標を描くうえで、社会的課題からバックキャストしてビジョンを描くことが重要。未来像に対する世界の合意であり、大きな潜在市場であるSDGsが大いに役立った」と話す。

 2018年度より、第2フェーズとして具体的な施策に着手。2022年をゴールとし、2020年には、経営層の意識改革が、社員に見えるようにすることをマイルストーンとして取り組んでいく。その一環として、イノベーション推進プロジェクト「YumePRO(ユメプロ)」を推進することで、SDGsの実現に取り組んでいる。

 また、オープンイノベーションの活動拠点である「YumeST(ユメスタ)」もオープン。パートナー企業とのワークショップや全社的なイノベーション研修などを実施している。川崎氏は、「パートナー企業とSDGsの目標を共有し、その達成に向けて協創することが重要。次の時代に向け、全社員が一丸でイノベーションに取り組んでいく」と話している。

Society 5.0を中核にSDGsも交え国際社会への貢献を目指す


総務省国際戦略局長 吉田眞人氏

 総務省国際戦略局長の吉田眞人氏は、「総務省のICT国際戦略」をテーマに講演。世界の人口は、90億人まで増えるといわれている。地球の資源は限られており、食料、エネルギーなどさまざまな問題が発生する。教育が行き届いていない地域が多いことも課題の1つ。ユネスコの調査では、2013年の初等学校就学年齢の子どもは6000万人で、その半数以上がサハラ砂漠以南のアフリカ地域に集中している。

 吉田氏は、「こうした課題を解決するために、世界の人たちが合意できる目標としてSDGsがある。すでに多くの日本企業、教育機関などがSDGsに取り組んでいる。日本政府も、SDGsに基づいて、さまざまな取り組みを推進している。総務省としては、ICTやIoTなどの活用により、SDGsを支援できると考えている。今後も、官民一体で取り組んでいくことが重要になる」と話す。

 その一環として日本政府は、「Society 5.0」というコンセプトを推進。Society 5.0では、サイバー空間とリアル空間を高度に融合させたシステムで、経済の発展と社会課題を解決する人間中心の社会の実現を目指している。「産業だけではなく、人間を中心としていることが最大の特長。人工知能(AI)、IoT、ビッグデータなどの先進技術で、データを収集し、分析し、活用して、価値を創出することで、人の幸福につなげる」(吉田氏)。

 吉田氏は、「今後も、Society 5.0を中核にSDGsも交え、国際社会への貢献を目指す。SDGsは企業の社会的責任(SCR)として取り組むのではなく、ビジネスとしてサスティナブルに取り組むことが重要。2019年6月にG20が日本で開催されるが、総務省では、SDGsやデジタルインフラ整備、データの利活用、AIの利活用、サイバーセキュリティ、電子政府などの分野を議論し、継続的なアクションとして取り組んでいく」と話している。

独自の造語「サスティナベーション」を推進するNTTデータ


NTTデータ 代表取締役副社長 藤原遠氏

 NTTデータ 代表取締役副社長である藤原遠氏(学会理事)は、「デジタル技術の社会実装」をテーマに講演。NTTデータでは、SDGsの考えを取り入れ、「サスティナビリティ」と「イノベーション」を組み合わせた造語である「サスティナベーション」を推進している。

 300年前の江戸時代はいろいろなものをリサイクルする循環型の都市だった。例えば、時代劇で傘の張替えをするシーンがある。江戸中期になると貨幣経済が発達し、一部の商人に富が集中する格差社会がはじまる。この時代に、現代のサスティナビリティにつながる思想を唱えた思想家が石田梅岩である。

 「梅岩は、“実の商人は、先も立、我も立つことを思うなり”という言葉で、商人、取引先、顧客の、それぞれの利の追求が商売の永続性につながると説いている。今風に言えば、ステークホルダーの間で、ウィン・ウィンな関係を築くことが、サスティナビリティの実現につながるということだ」(藤原氏)。

 300年後の現在、サスティナビリティを共生ととらえた場合、先進的なテクノロジーで、多種多様な共生を実現することで、サスティナベーションと呼ばれる社会が実現できることになる。そのためには、「アンビエントコンピューティング」「身体性AI」「脳型AI」という3つの新しい技術が必要になる。

 アンビエントコンピューティングは、機械が人間に歩み寄り、生活の中に溶け込むコンピューティングである。MITでは、患者にセンサーを取り付けることなく、離れた場所から生体情報を取得し、患者に負担をかけることなく治療の効果を確認できる技術を研究している。

 身体性AIは、人間が「リンゴ」を理解する場合、見た目だけでなく、においや手触りなど、多面的に認識する仕組みをAIで実現する。脳型AIは、現在のように膨大なエネルギーを必要とするAIではなく、必要な神経回路のみしかエネルギーを消費しない人間の脳のような仕組みを実現するAIである。

 藤原氏は、「NTTグループでは、社会のサスティナビリティにつながる技術の発展に注力するとともに、サスティナベーションな世界の実現に取り組んでいきたい」と話している。

テクノロジーの活用で農林水産業を若者に人気の分野にする


東京大学教授 須藤修氏

 東京大学教授の須藤修氏(学会理事、総務省「AIネットワーク社会推進会議」議長)は、「AIの社会的課題 社会と人間の新たな発展のために」をテーマに講演した。須藤氏は、2007年にMicrosoft Azureが登場したが、日本企業はこれに防衛反応がはたらき、正確な理解をしようとしなかった」と語る。

 日本企業は、サーバを作っているので、クラウドが普及するとサーバが売れなくなるというのがその理由だ。そのため、日本は先進国で最低のクラウド普及率である。一方、中国は、8割以上がクラウドで、クラウド上でAIを活用している。技術革新をしなかった日本企業は、どんどん衰退しているのが現状である。

 「2019年3月に、パリのユネスコ本部で開催されたAIの倫理に関するハイレベル会合において、内閣府の“人間中心のAI社会原則検討会議”における検討を紹介。もっとも水準の高いAI社会原則であると各国、およびOECDから高く評価された。帰国後、官邸や総務省、内閣府などに報告したところ、お褒めの言葉をいただいた」(須藤氏)。

 各国から高い評価を受けたことで、AIのテクノロジー、政策、法律などを学べる学部の新設にあたり、MITから招待され記念講演を行った。須藤氏は、「MITの新しい学部では、研究費用として1100億円の寄付金が集まっている。これは、東京大学の年間予算の3分の1にあたる」と語る。

 2020年より、小学校でプログラミングが必修化されるが、AIにおいては、PythonやC言語が特に重要なプログラミング言語となる。そのための予算を19億円程度用意している。また、内閣官房が推進する「未来技術×地方創生検討会」では、1600億円の予算を、どのように地方自治体や企業に配分するか、検討している。

 「テクノロジーの活用で、農林水産業を若者に人気の分野にすることを目指している。また、医療・介護や物流、ドローンなどの分野にも投資をしていく。2020年の東京オリンピック・パラリンピック開催に向け、32言語自動翻訳機能であるVoiceTraの開発にも関わっている。さらに、Society 5.0を実現する取り組みも推進する」(須藤氏)。

 須藤氏は、「日本は、世界トップレベルのAI社会原則を策定した。しかし日本の問題は、テクノロジーの活用レベルが低いことで、発展途上国も含めたエコシステムを確立することが必要。イノベーションを促進させるために、政策やステークホルダーの役割をどのように分担するか、セキュリティ上の脅威にいかに対応するかなどを、各国やOECDとともに取り組んでいく」と話している。

米中のハイテク覇権戦争では世界を2分する主導権争いが勃発


早稲田大学名誉教授 小尾敏夫氏

 早稲田大学名誉教授の小尾敏夫氏(学会名誉世界会長)は、「日米中ハイテク競争の今後の展開シナリオ」をテーマに講演した。小尾氏は、「米国の貿易赤字は、対中国が半分を占めダントツで1位となっている。日本は第5位で、自動車が赤字の主役となっている。日本の状況は、50年間変化していない。今後は、日米EPA協議もスタートする」と語る。

 「1981年に『株式会社アメリカ』という書籍を執筆した。アメリカ・ファーストは、いまに始まったことではない。国内的には競争を認めるが、対外的には官民協調で対応してくる。当時の日米関係は、いまの米中関係にそっくりである。対中国政策では、貿易不均衡の是正はもちろん、物議をかます産業政策“中国製造2025”が標的となる」(小尾氏)。

 中国製造2025は、ICTやロボット、AI、5Gなど、10業種において中国が世界一になるという宣言である。現在では、中国国内でも禁止用語になっているが、実際には進められている。米国では対抗策として、「輸出管理改革法」を制定。現在、14分野のハイテク輸出を規制。2018年より、政府調達から中国のハイテク企業5社の製品を排除している。

 「アメリカ・ファースト」対「中華思想」では、中国が米国の覇権をねらっているからたたかれている。米国ワシントンでは、親中派は肩身が狭い状況だ。中国は一帯一路で対抗している状況である。米中のハイテク覇権戦争では、世界を2分する主導権争いも始まっている。特にAIと5G分野の争いが激化している。

 現在は「シリコンバレー」対「深セン」の争いだが、米国はインドの「バンガロール」をパートナーにしようとしている。中国は、一帯一路による港湾や道路、鉄道などの社会インフラの整備だけでなく、ハイテクインフラにおいてもデジタルシルクロード戦略も推進している。中国経済の失速と2020年の大統領選挙がカギになる。

 小尾氏は、「日米でも、日中でも、官僚の交渉力の優劣がベースの摩擦だが、一筋縄で合意するとは思えない。そこで日本の官僚が、どれだけ頑張るかにかかっている。個人的な将来シナリオは3つ。楽観的には首脳会談で一時休戦、悲観的には大統領選に向けトランプが強硬策、想定外として北朝鮮の混迷、中東戦争の勃発、トランプの弾劾である。どのシナリオになってもいいように、日本は用意周到に準備をしておかなければならない」と話している。

省庁、自治体は、ブロックチェーンやAIをDXに活用すべきだ


レフトライト国際法律事務所 弁護士 水越尚子氏

 レフトライト国際法律事務所 弁護士の水越尚子氏(学会副理事長)は、「AI/ブロックチェーンと電子政府」をテーマに講演した。水越氏は、「電子政府に新しい技術動向を取り入れていくことが重要。例えば、ブロックチェーンは、世界中でPoCからリサーチまで積極的な展開が推進されている。日本でも、経済産業省、総務省を中心に、国内外の動向をリサーチしている」と話す。

 ブロックチェーンは、1.0で仮想通貨に適用され、2.0で経済、市場、金融分野に適用。3.0で政府、健康、科学、リテラシー、文化、芸術などの分野に適用されている。現在は、4.0まで進化している。ブロックチェーンが適しているのは、データ冗長性、情報透明性、データ普遍性、コンセンサスメカニズムの4つの分野。そのうち3つ以上が求められる分野で有効になる。

 現在、経済産業省の評価軸では、ブロックチェーン技術の特性と関連性の強い32項目に関して評価されている。一方、AIに関しては、データのバイアスをどのように取り扱うか、プライバシーをいかに守るかなどが重要。総務省では、電子政府に有効なAI技術として、機械学習、画像認識、音声認識などの活用分野と、サイバー空間、リアル空間でどのようなものが有効かをマッピングしている。

 「AIは、翻訳や質問応答、コミュニケーション、商品案内などの分野がAIに適している。電子政府においては、質問応答やドキュメント検索、ルーティンワークなどの分野に適している。現在、自治体などでは、チャットbotや業務プロセスの効率化などの分野でのAI活用が取り組まれている」(水越氏)。

 米国共通役務庁では、契約のレビュープロセスに機械学習とブロックチェーンを活用している。各省庁のレガシーシステムをブロックチェーンでつなぐことで、これまで通常のプロセスで110日、ファーストレーンで40日かかっていた契約が、10日以下で完了できるようになった。また、担当者の1プロジェクトあたりの検討、レビュー期間を10日〜15日短縮することも期待されている。今後は、ほかの契約にも適用していく計画である。

 水越氏は、「今後、日本では、デジタル化を既存業務の効率化だけではなく、省庁、自治体のデジタルトランスフォーメーション(DX)の推進に活用すべきだ。政府、自治体と利用者双方を対象としたKPIの設定、トラッキングも必要。国民に信頼されるデジタルガバメントをつくり、それが国際的にも評価されることが重要になる」と話している。

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