ANAを変えた、見えない課題を発掘する「魔法のワークショップ」とは:歴史ある企業はなぜ変わったのか(2/3 ページ)
歴史ある大企業にイノベーションを起こす――。この難題をやってのけたのが、ANAでイノベーション推進部の部長を務める野村泰一氏だ。インタビューの後編では、ANAの役員たちも驚いたという課題発掘ワークショップについて聞いた。
さらに、社内のシステム構築のプロセス自体もがらりと変えた。従来のように「業務部門が起案してIT部門に開発依頼を出し、IT部門からシステム開発会社に開発を発注する」というプロセスだけでなく、新たに「IT部門が自ら起案し、業務部門にシステム構築を提案する」というプロセスを取り入れた。
「旧来のプロセスでは、事業部門の依頼ベースでシステムが作られますから、出来上がったシステムは部分最適のサイロ化した(部門間の連携がなされていない)システムになってしまいます。また、IT部門は開発作業の大半を外部に委託するため、社内にナレッジやノウハウが蓄積されず、責任範囲も曖昧になりがちです。
そこでIT部門が開発責任を負い、能動的に案件を創出していくことで、テクノロジードリブンの開発が可能になりますし、それまで外部に流出する一方だったナレッジやノウハウも社内に蓄積されるようになります」(野村氏)
隠れた「課題」を、どう掘り起こすのか
こうして徐々にテクノロジードリブンによるシステム開発の成果が出てくると、今度は同様のやり方をより多くの業務に適用してみたいと考えるようになる。そこで野村氏は、IT部門が持っている技術のシーズと、業務部門が抱えている業務のニーズを互いに持ち寄ってすり合わせるためのワークショップを開発し、定期的に開催することにした。
このワークショップのコンセプトは、「ダンゴムシを救い出そう」というもの。ここでいう「ダンゴムシ」とは、普段は石の下に隠れていて目に触れることがないが、石をどければ顔を出すダンゴムシのような、「隠れた業務課題」のことを指す。
「どの業務現場でも、その効率に課題があることは皆、分かっているものの、システム開発による改善対象に挙げられず、仕方なく非効率なまま続けている業務があるものです。大規模なシステム開発をビル建設に例えると、建ったビルの日陰部分で石の下でうごめいているダンゴムシのようなものです。この「ダンゴムシを助けよう」というワークショップでは、自分たちの部署にどんなダンゴムシがいて、それを隠している石はどのようなものかを、洗い出していきます」
最終的には、石をどけてダンゴムシを救い出すために「どんな技術を使って、どんな仕組みを実現するか」というところまで落とし込むのが目標だ。しかしたとえそこまで至らずとも、ひとまずはダンゴムシと石の存在を可視化できれば及第点としている。
このワークショップを実りあるものにするためには、議論をうまくリードするファシリテーションのテクニックが重要になってくるという。
「初めのうちはどうしても、ダンゴムシそのものよりも、その上に乗っている石に焦点が当たりがちなので、『ひょっとしたら、こんなことで困っていませんか?』といった具合に、普段見過ごされている困りごとに注意が向くよう、うまく議論をリードしていく必要があります。
また、そうやって見つかった課題を解決する上で、どんな技術が役立つかを議論する際には、先ほどのイノベーションハニカムが大いに役立ちます。まずは、ハニカムに載っている個々の技術がどのようなもので、それらを組み合わせることでどんなことが可能になるかを、参加者に分かりやすい形で説明する必要があります」
こうしたワークショップは、役員や各部門の責任者を集めて行ったり、あるいは部門レベルで行ったりと、さまざまな単位で開催されているが、当初の想定よりはるかに多くの課題が掘り起こされているという。通常は1時間足らずのワークショップで少なくとも10を越える隠れた業務課題が見つかり、役員レベルのワークショップでは何と100以上が短時間のうちに見つかったという。
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