DXに現場はついてきているか? 「とんかつ新宿さぼてん」のAIが導き出したもの――グリーンハウスグループ CDO 伊藤信博氏:デジタル変革の旗手たち(2/2 ページ)
国内外でさまざまなフードサービス事業を展開するグリーンハウスグループでは、AIカメラの画像解析によって来店客やスタッフの「喜び」を数値化し、顧客満足度向上や店舗スタッフのモチベーション向上を図っている。このような取り組みにいたった背景や成果について話を聞いた。
「この店舗は、この曜日のこの時間帯に笑顔の数値が上がる」「笑顔が多い店舗はリピート率も高い」といった傾向も見えてきた。数値の跳ね上がる時間を見計らって店舗を訪ねてみると、格段にレベルの高い接客がされていることが分かった。「あるスタッフさんが、ショーケースの前に出て、お客さまに寄り添い、“お夕飯の支度ですよね、昨日は何を召し上がりましたか?”と、献立の相談に乗っていたんです」(伊藤氏)
AIカメラが導き出したのは、「店舗スタッフの笑顔と良い接客は、お客さまの満足度向上と店舗成長につながる」という相関関係だった。お客さまが満足すれば客数と来店頻度も増え、結果として店舗の成長につながる。当たり前だが可視化されたことによって、店舗スタッフの日々の努力はやはり正しかったということが証明され、現場のモチベーションがあがっていく。
アナログとデジタルの融合で、現場の心に火をつける
AIカメラの取り組みで一定の傾向が見えてきた頃、「店舗の好事例を分かりやすく動画で配信できないか」というアイデアが出てきた。AIの取り組みから裏付けされた良い接客例はその店舗だけで終わらせず、横展開していこうという考えだ。
伊藤氏は、教育部門や広報部門のメンバーと協力し、動画の制作にあたった。通り一辺倒のeラーニングではなく、実際に店舗で働くスタッフが出演して取り組みを話すなど、視聴側が親しみを感じ、自分事化しやすくなるよう工夫をした。動画は、各店舗のiPadの他、スマートフォンからいつでも何度でも視聴できる。コンテンツはすでに70本を超え、8万回以上アクセスされている。
また、この取り組みと連動して、教育部門主導で店舗トレーニング用にポケットサイズのマニュアルを制作し、配布している。日々の業務で得られたさまざまな学び、先輩や来店客に言われてうれしかったことなどをメモしながら、自分だけのマニュアルを作っていくイメージだ。それぞれの章にQRコードが付いており、好きなときに動画で何度でも復習ができる。この取り組みのポイントは、アナログ(マニュアル)とデジタル(動画)を融合させたことだ。
実はここにも、前職・シンガポールでの学びが生かされている。伊藤氏は、シンガポールでも動画を活用した接客スキル向上プロジェクトに携わった。しかし、予想に反して動画はあまり視聴されず、期待した効果は得られなかったという。入り口から全てデジタル化してしまったからだと振り返る。人がデジタルに合わせることもある部分では必要だが、今の日本のように働き手の高齢化やグローバル化が進む中では、完璧に合わせられないことのほうが増えていくのは明白だ。
伊藤氏は、DXの成功に欠かせないのは、「人中心」で考えることだと強調する。無理に全てをデジタル化せず、アナログなマニュアルを通してベテランスタッフのやる気にも火をつけたり、文章ばかりでは理解しにくいという海外出身も含めた多様なスタッフのために動画を用意したりというように、年齢や経験、国籍に左右されないデジタル化の方法を探ること。それが、伊藤氏の考える「人中心」の一つの答えだ。
グローバル展開を加速、CDOの役割とは
最後に、今後の展望と、その過程でCDOが果たすべき役割について聞いた。
グリーンハウスグループは、レストランだけでなくコントラクトフードサービスでも、グローバル展開を加速させている。各国の現場で生まれた好事例をグローバルでも共有できないかと模索している。動画も、AIを使えば簡単に多言語化できる。例えば、タイの店舗での好事例を日本のスタッフが学ぶなど、お客さまにより一層喜んでいただくための工夫につながるような仕組みづくりにも挑戦していきたいと言う。
「グローバル化というと、まず言語対応をイメージするかもしれません。でも、本当の意味でのグローバル化は、お互いの文化や宗教、それにもとづく考え方などを理解して受け入れて一緒に合意して融合していくプロセスです。国内はもちろんのこと、各国で生まれた“人に喜ばれる”取り組みを共有し合うことで、社是の精神をもとに、お互いに学びあい高めあう仕組みづくりに貢献したい」(伊藤氏)
思えば「食」は、それぞれの国の文化や習慣が特に色濃く映し出される領域だ。多様性を尊重し、さまざまな人を巻き込んでポジティブなスパイラルを作っていく、それが、グローバル展開におけるCDOの役割なのだろう。
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