「企業とエンジニアは“人の根源的な喜び”に貢献せよ」――コニカミノルタ 代表執行役社長 兼 CEO 山名昌衛氏:@IT20周年企画「経営トップに聞く、DXとこれからの20年」(3/4 ページ)
グローバルでDXの潮流が高まり、パンデミックによりビジネスそのものの在り方も問われている今、経営者が自ら、「テクノロジーを前提とした変革」と「サステナビリティに向けた戦略」を語り、迅速に実行できるか否かが試されている――本連載ではDX実践企業の経営者に「ITに対する考え方」を聞く。初回は2003年の経営統合以来、“事業のトランスフォーム”を追求し続けているコニカミノルタ 代表執行役社長 兼 CEO 山名昌衛氏に話を聞いた。
提供すべき「バリュー」とは何か?
内野 ただ一方で、テクノロジーを使うと人力ではできなかったあらゆることが可能になってしまいます。「ディスラプション」という言葉のニュアンスも影響しているのかもしれませんが、「イノベーティブになること」が誤解され、短期視点に陥ったり、社会的に間違った方向に進んだりしてしまう事例も最近は散見されます。
山名氏 そうですね。繰り返しになりますが、重要なのは、イノベーティブであり続けることによって、収益を上げるだけではなく、「最終的に豊かな社会を実現することを考えなければいけない」ということです。「事業を成長させることと社会を成長させることは一緒だ」という考え方が大切です。
私どものほとんどの事業はB to Bですが、B to Bというと一般社会から遠いものと思ってしまいがちです。しかし、私は社内に向けて「当社はB to B企業ではなく、B to B to P(Professional)for P(Person/Patient)企業だ」と言っています。
さまざまな業種のプロフェッショナルに向けてデジタルを使ったサービスを提供し、働く方のワークフローやプロセスを効率化し、クリエイティブにしていくのがわれわれです。すると、DXについても、われわれのDXだけではなく、お客さま企業のDX、お客さま企業のエンドユーザーのDXにもつながっていきます。それがマーケットの豊かさにつながり、ひいては地域や国の豊かさにもつながっていく。
今、コニカミノルタには、オフィス、印刷、病院、製造、工場などさまざまな領域でのお客さまがいます。常に重視しているのは、当社のサービス・製品が使われることによって「働き方や働きがいなど、“人としての根源的な部分”にどう貢献できるか」です。そこにバリューがあります。テクノロジーと商品力の高さだけだったら、スペックや価格の競争になってしまいます。そうではなく、お客さま企業のワークフローそのものを変えるところまで入り込んでいく。
内野 貴社が生み出したバリューが顧客企業を通じて、社会、個人にまで波及していく。貴社のDXはSDGs(持続可能な開発目標)をベースにしていらっしゃいますが、そうした長期的な視点が重要なのですね。
山名氏 特に現在はプロダクト同士がグローバルでつながり、データを解析するプラットフォームを通して、新しい価値を提供できる時代です。従来のようにプロダクトを届けるモデルから、「顧客体験」を届け、その利用データを基に新たな価値を提供し続けるモデルへと変革することが求められています。
例えば、当社はエッジIoTプラットフォームを生かして、今、介護領域の事業開発に取り組んでいます。高齢者を支える介護士に、スマホを使った見守りサービスを提供するというものです。被介護者を24時間介護するのは大変な負荷がかかりますが、その作業を3割以上削減できます。削減した時間で、高齢者により向かい合い寄り添った介護ができるようになる。高齢者の方の医療データを解析することで、個別介護も望めるようになる。介護士の生産性を高め、人財不足を解消するだけではなく、高齢者の自立を支援して在宅看護の質も高められる。こうなれば社会の在り様も変わる。すなわち、社会的価値につながっていくのです。
短期視点に陥らず、社会的価値を発信し支持を獲得する それが経営の役割
内野 ただ、近年はそうした価値を作るために、DXの専門組織を設置する例も増えましたが、「収益を上げよう」とは考えても、社会的価値にまで考えが及んでいない例が多いのでないかと思います。貴社が2016年、世界5拠点に立ち上げられたDXの専門組織、Business Innovation Center(BIC)については、どのような位置付けなのでしょうか。
山名氏 BICは、まずは新規ビジネスをアジャイルに立ち上げるための組織として設立しました。実際に幾つかの新しい事業が生まれてきています。ただ、まだタグボートのようなものです。タグボートにエンジンを付けて自走しながら、メーカー本体のマザーシップのエンジンもDXをレバレッジにして作り替えていくことが重要です。
そこで、BICによるイノベーション実践例を既存ビジネスに適用する取り組みを進めています。タグボートの社員とマザーシップの社員を交流させる機会を作ったり、互いにノウハウを学んでもらうための研修を行ったりしています。当初は出島的に作った組織ですが、今はBICとメーカー本体との融合を図っています。
内野 つまりBICは、新規領域の創出だけではなく、既存の実ビジネスと密接に結び付いているし、当然、社会的価値の提供にもつながっている。エッジIoT戦略もその一つなのですね。
山名氏 そうですね。というのも、DXは新規ビジネスを作ることだけではありません。DXをテコにして「既存のビジネスモデルを付加価値モデルに変えること」と「新規事業の創出」の両方が大切です。今はあらゆる業種で異業種からの参入が進んでいますから、既存のやり方だけで安住していられる企業はないはずです。そうなると業界そのものがディスラプトされてしまいます。
内野 DXに取り組んでもPoC(概念検証)に終わってしまう例が多いようですが、自社が立脚している既存事業で実践してこそ意味を持つのでしょうね。ただ一方で、専門組織を作っても成果を急かされている例も目立ちます。経営者としてはステークホルダーから短期的な成果を求められることも多いのではないですか。
山名氏 当社もまだ四苦八苦している状況ですが、時間がかかる取り組みですから、成果にこだわりつつ、辛抱しながら、顧客価値につながると信じて取り組みを進めている状況です。
株主視点で言えば、短期的なリターンのプレッシャーが経営者にのしかかるのは、過去も今日も変わりません。ただ、現在は株式市場においても、ESG(環境、社会、ガバナンス)投資やSDGs投資など、非財務情報を大切にしながら長期の企業成長を重視するという考え方が浸透してきています。ステークホルダーに対して、企業としてどの領域で、どのような価値を創出・提供するのか、全体戦略を発信するとともに、実際に顧客企業の先にまで届ける社会的価値を通じて、エンゲージメントを醸成することが非常に大切だと考えています。その意味でも、DXをリードするのはCEOだという時代になってきていると思います。
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