AIで店舗の「3密」対策、社内ハッカソンから2週間で実装――サツドラホールディングス 代表取締役社長 富山浩樹氏:緊急特集 デジタル変革の旗手たち――緊急対応編(1/2 ページ)
北海道を中心に約200店舗を展開するドラッグストアチェーン「サツドラ」は、コロナ禍においてどんな「英断」をくだしたのだろうか。
緊急事態宣言が解除され、再び経済が動き始めた。東京一極集中によるひずみやリスクを解消できないまま、極端に言えば、五輪とインバウンドに頼った成長戦略はもろくも崩れた。新型コロナ以前から山積していた課題に、新常態、つまり新型コロナとの共存が加わった。
不確実な時代にこそ、リーダーの決断力が問われる。北海道を中心に約200店舗を展開するドラッグストアチェーン「サツドラ」の代表取締役社長 富山浩樹氏は、コロナ禍においてその手腕が注目される経営者の一人だ。マスクの品薄が大きな社会問題となる中、同社は早朝開店時のマスク販売を中止した。感染リスクの高い行列の解消と、購入機会の公平性を取り戻すためだ。富山氏も、YouTubeやSNSを通じ、自らの言葉で協力を呼びかけた。この決定は、「英断」として大きな反響を呼び、その後、多くのドラッグストアが追従した。
「ドラッグストアの現場はずっと疲弊していました。有事で満足にサービス提供ができないときこそ、迅速に情報をオープンにしていくことが重要だと自分に言い聞かせながらやっていました」(富山氏)
サツドラは、AIカメラのようなデジタルテクノロジーを活用し、「OMO」(Online Merges with Offline:オンラインとオフラインの融合)にいち早く乗り出すなど、ドラッグストア業界の「異端児」と評されてきた。その事業はドラッグストアにとどまらない。グループ会社リージョナルマーケティングが運営する共通ポイントカード「EZOCA(エゾカ)」は185万枚以上発行され、北海道での世帯普及率は約65%超に上る。地域経済の可能性を引き出してきた富山氏は、コロナ禍で何を考え、何を未来に託そうとしているのだろうか。
社内ハッカソンから緊急開発された「3密」対策
開店時のマスク販売中止に続き、サツドラは4月下旬、店内の「3密」を防ぐAIカメラソリューションを導入した。AIカメラが来店数を計測し、店頭のタブレットやアプリを通じて混雑状況をリアルタイムに知らせるほか、アルコール消毒の有無を検知するなど、来店客に感染予防を促す仕掛けだ。また、来店客のマスクの着用も検知しており、結果に応じて「マスク着用にご協力ください」などと表示することも可能となっている。
これは、AIカメラソリューションを提供するAWL、AIアルゴリズムを開発する調和技研、AIボイスレコーダーを手掛けるティ・アイ・エルの3社が共同開発したものだ。AWLは昨年までサツドラ傘下でAIカメラの研究開発に取り組んできたベンチャー企業。顧客の幅が広がるにつれて独立性が求められ、昨年、連結子会社を外れたが、現在も富山氏が取締役CMOを務めている。
「AWLは約7割が海外出身のエンジニアです。新型コロナで日本もふるさとも大変な状況に陥っている。全員が社会的課題の深刻さを実感し、居ても立ってもいられない状況で、すぐに社内ハッカソンが開催されました」(富山氏)
AWLのエンジニアは普段からグローバルにアンテナを張っていて、海外事例も引き合いに出しながら、多くのアイデアが飛び交ったという。「さすがだなと思ったのは、こんな状況でもエンジニアたちは楽しんでやっていたこと。僕も審査員をしながら、このアイデアは店舗で使えそうだ、緊急開発としてこれをやろうと、視界が晴れていくのを感じました」(富山氏)
結果、わずか2週間弱で前述のAIカメラソリューションを開発。翌日には、サツドラの店舗に設置した。これがニュースになると、使い方のアイデアは広がりを見せ、現在は小売店のみならず、オフィスや旅館などさまざまな業界から引き合いがあるという。
「僕はエンジニアではないのでコードは書けませんが、自分なりに勉強して分かったのは、AIは素晴らしい技術だが、"データ"と"場"がなければ何の価値も生まないということ。僕らの強みは、技術力に加え、店舗という顧客接点の場があり、そのデータを素早く改善サイクルに生かせることです。ITソリューション事業の視点で言えば、"サツドラで活用実績のあるソリューションを外販する”というアプローチであり、技術だけの提案よりも広く社会に波及できると考えています」(富山氏)
7割占める「非計画購買」にAIカメラで切り込む
この他にも、サツドラは、メーカーやサプライヤー十数社と連携し、AIカメラを活用したマーケティングの実証実験に取り組んでいる。また、Googleとは、YouTubeでの広告配信が実際の来店にどう結びついているのか共同調査も行っている。サツドラが「顧客行動の可視化」に注力するには理由がある。
近年、アマゾン、アリババといった巨大ECサイトが、リアル店舗に多額の資金を投じ、ネットとリアルを融合させたサービスや顧客体験の創出に力を入れている。一方、小売企業も、ウォルマートなどがリアル店舗の強みを生かしたOMOの施策を活発化させている。
デジタルの時代に、彼らはなぜリアル店舗に回帰するのか。実は、リアル店舗における購買の約7割は、予定になかった商品を購入してしまう「非計画購買」だ。さまざまなメディアを通じて消費者にアプローチしても直接届かないマーケットは非常に大きい。そのため、店頭での購買プロセスを可視化し、購買意欲をくすぐるマーケティング活動を確立できた者が、次の戦いを制するとも言われている。
「ここで、AIカメラが力を発揮する」と富山氏は語る。店舗では長年、POSデータを活用することで、売り上げの向上が図られてきた。ポイントカードが普及した近年では、誰が購入したかまでひも付けられるID-POSデータの活用も目覚ましい。しかし、これらはあくまでも売れた商品に基づく分析で、購買に至るまでの行動や、買わなかった理由はブラックボックスのままだった。AIカメラを使えば、来店客の導線や属性がかなりの精度で判別できる。推測の域を出なかった顧客行動も分析に生かすことができるのだ。
今年2月には、AWL、サイバーエージェントと業務提携し、OMOプラットフォームの開発に乗り出した。
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