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DXの実現に重要なのは、ビジョンを描き、経営戦略を創り、競争ではなく共創することITmedia エグゼクティブ勉強会リポート(1/2 ページ)

現在、デジタル技術を活用した技術革新により、イノベーションを起こす力を持った経営トップが求められている。そのためには、技術力と経営ビジョンに基づいてDXを実践できる人材の育成が不可欠になる。

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企業情報化協会の特別顧問 元味の素 取締役専務執行役員 五十嵐弘司氏

 ITmedia エグゼクティブ勉強会に、企業情報化協会の特別顧問で、元味の素 取締役専務執行役員の五十嵐弘司氏が登場。著書のタイトルでもある「技術者よ、経営トップを目指せ! 〜大手グローバル企業の経営を変えた男が明かす戦略思考」をテーマに、技術者がデジタル変革(DX)により事業を作り出し、さらに成功するための方法について紹介した。

日本の革新力を高め産業の成長と発展を図ることが喫緊の課題


技術者よ、経営トップを目指せ!』

 「『技術者よ、経営トップを目指せ!』を書いた背景には、日本が成長していない、豊かになっていないという閉塞(へいそく)感があり、これを打開したいという思いがあった。1990年から現在までの主要国のGDPを見ると、米国は約3倍、ドイツは約2.5〜3倍、中国は桁違いに成長しているが、日本のGDPはほとんど変化がない。これは日本経済が、ほとんど成長していないということであり、閉塞感の原因となっている」(五十嵐氏)。

 また、ある調査では、「技術革新のスピードについていくことに苦慮している」と考えている日本のCEOは73%。一方、日本を含む世界全体では、「苦慮している」と答えたCEOは36%だった。五十嵐氏は、「日本のCEOは、技術の中身を理解し、スピード感もって指揮、行動を起こすことができていない。日本の革新力を高め、産業の成長と発展を図ることが喫緊の課題である」と語る。

 分かっているのに、なぜできないのか。その理由は、(1)失敗を許容しない運営、(2)規制緩和の遅れ、(3)マニュアル・標準化の重視、(4)投資の減退、という4つの事情による。その結果、息詰まり感や不安が増大し、閉塞感、格差拡大につながっている。開放的で明るく、豊かで、楽しさに満ちる未来を作るには、(1)ビジョンを共有し(2)デジタル技術を用いて(3)イノベーションの実現を果たせるかどうかにかかっている。

日本でイノベーションの実現が成功した事例は新幹線

 イノベーションとは何か。五十嵐氏は、「イノベーションの定義は多々あるが、一言でいえば“社会的に大きな変化をもたらす組織、社会の幅広い変革”であり、企業における新事業もその一つ。優れた研究開発でノーベル賞を受賞することも立派なイノベーションだが、研究開発にとどまらず、その先の事業の成功までをイノベーションと定義し、イノベーションの実現を図ることが必要になる」と語り、味の素で経験した2つのイノベーションについて紹介した。

 味の素の代表的商品、うま味調味料「味の素」の主原料であるグルタミン酸ナトリウムは、、糖を原料にコリネバクテリウムという菌が作っている。ある研究者が、この菌を使って医薬品の原料や高付加価値物質の酵素、ペプチドなどを作れることを発見した。事業化について尋ねると、10年後に売上2億円程度という回答。10年で売上2億円では、研究者1人分の人件費にしかならない。

 「これでは、大発見でもイノベーションは実現しない。そこで、この研究の成果を生かせる事業のプラットフォームを手に入れればよいと考え、2013年3月に米国のALTHEA社を約160億円で買収。そののち、欧州で行われていた既存の医薬中間体事業も統合することで、味の素の保有する菌を使ったバイオ分野における開発・製造受託事業をグローバルに展開することができた」(五十嵐氏)。

 また、おいしさは、(1)味、(2)食感、(3)香り(以下フレーバーと表記)の3つで構成されるが、味の素には(3)フレーバーの知見がなかった。現在、多く利用されているフレーバーはバニラである。しかし、天然のバニラは市場全体の1%程度の量しかなく高価な素材、そこでバイオテクノロジーで完全な天然バニラを作り事業化する構想を立てた。

 「バニラは簡単な構造、また既存のアミノ酸発酵技術を活用することですぐに製造できると考え、研究者に問合せたところ開発に10年かかるとの返答。そこで開発を加速するためにオープンイノベーションの仕組みと有力なフレーバー会社とエコシステムを構築し組み合わせることでチャレンジした。チームでビジョンを共有し、メンバーの力を結集することで開発は加速、わずか1年余りでフレーバー事業を立ち上げるめどを得た。画期的な出来事だった。バイオテクノロジーで天然バニラを作ることに続き、今やオレンジやチェリーなどのフレーバーも、発酵で生産する基礎的な技術が見いだされている」(五十嵐氏)

 素晴らしい技術があっても、それだけではイノベーションは生まれない。技術でイノベーションを起こす場合、その技術を使った事業をイメージすることが大切である。そのために、五十嵐はイノベーション実現のマトリクスなるものを考え出した。このマトリクスとは、縦軸に技術、ビジネスモデル、マーケティング、資金、調達などの項目をおき、横軸にはそれらの項目に関して自社の実力、例えば業界平均以下、業界平均、日本一、世界一、独占という位置付けを示す項目を並べた表を作ることにある。このマトリックスに自社のポジションを記入すると、何をしなければいけないかがすぐに分かる。

 例えば、あるテーマをマトリクス解析すると、技術が突出していても、ビジネスモデルがない、あるいは資金がないなど課題を明確に認識することができる。また、中心技術が一本足の例では、すぐに競合の参入を許してしまうので補強が必要と分かる。マトリックスで各項目のポジショニングをいかに上げるかが、イノベーション実現にむけたポイントとなる。

 「日本でイノベーションが最も成功した事例に東海道新幹線がある。注目すべき点は、速く走ることが絶対的な最終目的ではなく、安全で快適なビジネス空間の移動の実現をビジネスモデルのベースにおいたことだ。イノベーションを生み出した、島秀雄という男もすごかった。新幹線は確立した技術の組み合わせで、新技術挑戦の場ではないと明言している。彼は、未来につながるイノベーションのグランドデザインに思いをはせ、考え抜いて構築している。イノベーションを実現するためには、現場の研究者だけではなく、優れたリーダーも必要であることを思い知らされる事例である。(五十嵐氏)


イノベーションの実現には、現場の研究者だけではなく、優れたリーダーも必要

DXとはイノベーションとデジタル化の組み合わせ

 DXは、イノベーションとデジタル化の組み合わせで成り立っている。DXとは、顧客視点で顧客価値を最大化するためにいままでの事業の形を変えることであり、新たな事業を創出することでもある。効率化やコスト削減の手段ではない。

 デジタルビジネスの進捗度と成熟度の関係を考えてみると、最もデジタル化が進み、成熟した産業はMediaで、次にTrade、Mobility、Healthと続く。ManufacturingとEnergyは、デジタル技術の導入が遅れている。「しかし、ManufacturingやEnergyもあせることはない。これは世界的な傾向で、今後デジタル化を推進し、DXを成熟させればよい。現状、DXの進捗度と成熟度が低い日本企業でも、今後大きなチャンスがある」(五十嵐氏)。

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