第2回:ビギナーズ・ラックとハイパフォーマーのわな:仕事と自分を成長させる新しいキーワード「スモール・ハピネス」(2/2 ページ)
パフォーマンスは「つなぐ」はあくまで手段、つながるだけでハピネスとするスモールハピネスとは対照的。
事例2:パフォーマンスの癖がスモールハピネスの邪魔をする
翔さんは外資系メディア企業勤務で30歳の課長です。彼は、小さいときから「予習による貯金で走る」という成功パタンを信じていて、人生の節目で実践してきました。
・原体験は幼稚園のときで、翔さんのお兄さんがやっていた掛け算九・九や基本漢字を覚えたので、それが小学校の勉強の予習となり成績は楽勝だった。
・高校時代には、大学レベルの数学まで勉強し、大学は国立理系に進学し、大学でも高校時代の予習のおかげであまり勉強する必要がなくて器械体操にうちこんだ。器械体操でも最初に集中して「貯金」を作って後は楽勝だった。
・企業に入社後、初めの3年を予習のつもりで人一倍頑張り、予習を終えた3年目にはキーパーソンの2人の先輩(部長と課長)から実力を認めてもらい、仕事がしやすくなり、その後は楽勝で20代で課長となった。
勉強、体操、仕事、いずれにおいても最初に頑張って詰め込んで(=予習)、アドバンテージを得て、あとは逃げ切り、というパタンです。これが奏功して、いずれにおいても明らかなハイパフォーマーとなり成功しています。
ところが、その翔さんにスモールハピネスの話をしたところ、「それ、僕の弱点みたいですね」という反応。それをきっかけに翔さん(S)とキャメル(C)の対話が始まりました。
C 予習が翔さんの強みですよね。予習の間は充実していてスモールハピネスを感じることもあったのでは?
S いち早くパフォーマンスを上げるための予習ですから、とにかく全速力で走り、感情は押し殺していました。確かに、予習が軌道に乗ると自己高揚感や他者への優越性みたいな気持ちが自然に起きてくることはありましたが、ハピネス感情は生じませんでした。
というのも、予習の目的がいち早く一人前になることで、一人前の域に達する途中段階で多少パフォーマンスのレベルが上がっても、「こんなレベルで喜んでいてはだめだ」という気持ちでした。まわりの先輩からも、まだまだだな、というコメントをもらっていました。
C 予習がうまくいって一人前になった後はどうですか?パフォーマンスが首尾よく進んだときなどハピネスは感じませんか?
S パフォーマンスを高いレベルで維持するには「慣れ」が必要です。ただ、慣れたことについては、自動運転モードでさっと流しますからハピネスなどの感情は生じません。慣れによる効率化で浮いた時間は、難しいことや新しいことに集中しますが、こちらは手ごわいことなのでやはりハピネスは生じません。
C それにしても、仕事における望ましい濃淡のつけ方ですね。
S パフォーマンスを高いレベルで維持するには圧倒的な効率が必要で、濃淡も意識的につけました。例えばミーティングでも、流すミーティングと大事なミーティングを明確に分けて臨みます。流すミーティングでは必ず内職します。大事なミーティングでは率先して発言し、前に出てとりまとめたりもします。
C そういうふうにうまく使い分けられると、そのこと自体が楽しくありませんか?
S 楽しいとは特に感じませんでした。先輩たちからは「仕事を楽しめ」とよくいわれましたが。でも、そういう人たちはハイパフォーマーで、仕事を楽しむ余裕があるし、実際仕事もうまくいっているので楽しいのでしょう。でもまだ僕はその域には達していませんよ。
(キャメルが攻めあぐねていることに気付いた翔さんは少々気を使って言葉を足す)
S 仕事を離れて散歩しているときに、空をみたり、花をみたり、昆虫をみたりするときにはささやかなハピネスを感じることはありますよ。でも、仕事や学習ではそういうハピネスを感じることはありません。スモールハピネスの例としてキャメルさんがあげたジグソーパズルの例で「できた!」まではその通りでしょうが、それをスモールハピネスと定義するところはいかにも人工的ですね。僕にとっては自然な感情でないと、ハピネスにならない気がします。
インタビューが終わった後、対話の記録をみながら、私はこんな振り返りをしました。
・上記で、私の質問は全てで、ここでスモールハピネスが生じるはずだから聞いてみたのだが、それらが全て空振りに終わった。
・私の質問が空振りに終わったのは、とりもなおさず、翔さんがスモールハピネスにおあつらえ向きの絶好球がきても見逃したり空振りしたりしていることを示す。パフォーマンスにおいてはヒットを量産するハイパフォーマーの翔さんが、なぜスモールハピネスではヒットを打てないのか?
・おそらく、パフォーマンスのストライクゾーンとスモールハピネスのストライクゾーンが異なるのだろう。スモールハピネスを生み出すには、パフォーマンスのストライクゾーンから視点をずらすことが必要だ。視点のずらし方について考えておこう。
さて、パフォーマンス狙いからスモールハピネス狙いに視点をずらすにはポイントが4つあります。
第1ポイントは「期待水準を下げる」ことです。翔さんの発言にもありましたが、パフォーマンスを上げようとする際には、期待水準を高めに設定し、「(少しくらいできても)その程度でできたと思うな」という一種の戒律がありました。スモールハピネスでは、期待水準を下げて、ハピネスを得やすくすくするのが流儀です。
それも、スモールハピネスの初心者だから最初は期待水準を低くして、中級、上級となるにつれて水準を上げていく、というのではありません。むしろ上級に近づくほど、さらに期待水準を下げていきます。低い水準をクリアするだけでスモールハピネスを味わえるというのが上級者です。この点、パフォーマンスの上級者(ハイパフォーマー)が高い水準設定にこだわるのとは対照的です。
第2ポイントは「感度を高める」ことです。ほんの少しでも何かポジティブな気持ちが生じたときは、すかさず、スモールハピネスをゲットした、と肯定します。気のせいかな、この程度でもハビネスかな、と迷い気味にでも感じたら、反射的に自分に対して「イエス、ハピネス」と言うのです。ストライクかボールか迷う境界領域では、迷いつつもぎりぎりストライクと判定するようにして、その度にスモールハピネスを感じる領域を広げていきます。
感度を高めるにはもう一つの意味があります。それは、何かができたとき(例えばさっと目覚めることができたとき)、従来の感度だと「できた!」ですが、感度が上がると「できた!!」となり、さらに感度が上がれば「できた!!!」となります。!の数が増すほどハピネスの強度が増すことを示します。
日本の人は概して感情表現が控えめですから、誇張して大げさな反応をする余地があるはずです(といっても誰もみていないところで、一人でこっそりラテン系の人たちのまねをするだけのことです)。
パフォーマンスと比較すると、パフォーマンスではそのアウトプットが強いインパクトを生じてはじめてよいパフォーマンスだと認定できるので、気のせいくらいでよしとするスモールハピネスとは対照的です。
第3のポイントは、前回ジグソーパズルで例示したように、(1)まず何かと何かがつながることをみつけて、(2)「つながった!やった!」とポジティブな感情をもち、(3)「スモールハピネス成立」、という流れに乗れるように自分を調教することです。
この調教は、ハピネスの捉え方(コンセプト)を根本的に変える効果をもちます。翔さんがそうであるように、常識的には、ハピネスは自然に生まれる感情として捉えられているので、自分が制御する余地はありません。
これに対して、スモールハピネスは調教が進んでくると、ハピネスとは「つながり」をみつければほぼ必ず生まれる感情として捉えられるようになってきて、そのうちに、「つながり発見」=「ハピネス発見」の方程式が心の中で自動的に成立するようになります。すなわち、「つながりとしてのハピネス感情」が育まれます。そうなれば、つながりをみつけることでハピネス感情を生み出すことができるようになります。
さらに、このような感情調教において、つながりや、つながりが生じたときの驚きについて、ポイント(1)の期待水準を下げる手や、ポイント(2)の感度を上げる手も絡ませれば、「つながりとしてのハピネス感情」の成長を促進することができるでしょう。
パフォーマンスと比較すると、パフォーマンスの場合は「つなぐ」はあくまで手段で、つなげた結果、期待水準をクリアすることができたり、強いインパクトを生じたりしてはじめてパフォーマンスとしてカウントされます。つながるだけでハピネスとするスモールハピネスとは、やはり対照的です。
著者プロフィール:キャメル・ヤマモト
本名、山本成一。学芸大学付属高校卒、東京大学法学部卒業後、外務省に入省。エジプトと英国留学、サウジアラビア駐在等を経て、人材・組織コンサルタントに転身。外資系コンサルティング企業3社を経て独立する。専門は企業組織・人材のグローバル化・デジタル化プロジェクト。
また、ビジネスブレークスルー大学と東京工業大学大学院でリーダーシップ論の講義を担当。人材・組織論を中心に20冊余りの著作がある。近著は『破壊的新時代の独習力』(日本経済新聞出版)
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