一流の人は、教わり方が違う:ビジネス著者が語る、リーダーの仕事術(1/2 ページ)
教わり方を考えたことがあるだろうか。教わり方を変えることで、他では手に入れにくい情報にふれ成長することができる。
この記事は「経営者JP」の企画協力を受けております。
ビジネス書の著者たちによる連載コーナー「ビジネス著者が語る、リーダーの仕事術」バックナンバーへ。
一流は、ネットに出ていないことを聞く。二流は、ネットに出ていることを聞く。
「勉強は、ネットで十分でしょうか」と、聞かれました。
ネットは、必要です。
ただ、十分ではありません。
ネットは、学ぶキッカケです。
ネットを活用しない手はありません。
ネットは、スタートであって、ゴールではありません。
ネット→本→人と、進むのです。
ネットで調べることによって、教えてくれる人に、ネットで調べられることを、聞かずにすむからです。
今はネットで「教えてください」と言えば、なんでも教えてもらえます。
これには2つのリスクがあります。
リスク1は、生身のプロとネットの区別がつかなくなることです。
生身のプロが教えるのは、ネットでは教えてもらえないことです。ネットで教える人は、教えることを主としています。聞かれたから教えているという人ではないのです。
リスク2は、ネットで調べたり、検索すれば分かることを、生身の人に聞いてしまうことです。
「授業料を払っているので、先生は教えるべき」「上司は部下に教える義務がある」という感覚の人は、ネットでワンクリックで調べられることを聞いて、プロにしか教われないことを聞くチャンスを逃します。
私が取材を受ける時は、取材時間30分の中で、できるだけどこにも書いていないことを話したいのです。
その時に、まず、私の生年月日とか出身地から聞く人がいます。そんなことは、ネットで調べればいくらでも出ています。
これと同じことをしないようにします。
ネットには絶対出ていないことを教わらないと、損なのです。教える側も、ネットに出ていることを教えていると、リスペクトを得られなくなります。
一流は、自分のベストを添削してもらう。二流は、未完成を添削してもらう。
例えば、企画書をチェックしてもらう時に、上司に「これはなんでこうなっているの?」と聞かれたとします。ここで「これはまだラフなんで」と言い訳する人がいます。この人は、学べなくなります。
自分のベストの状態のものを持っていって、それに赤を入れてもらうことで、納得の行く学びと成長があるのです。「これはまだたたき台なんで」「それは私も直そうと思っていました」と言う人は、成長できなくなるのです。
自分のベストを直されることで、自分では気付かなかったところが分かります。中途はんぱなものを持っていって直されても、「それは自分でも気付いていた」という甘い認識になります。
その人は、永遠に間違いに気付かなくなるのです。自分で、納得していない状態で、見てもらわないことです。言い訳の余地があると、成長できないのです。
一流は、真剣勝負で聞く。二流は、軽い気持ちで聞く。
「企画書を書いたので、ちょっと見てもらえますか」と言う人がいます。二流は、それが失礼な言い方であることに、気付いていません。
これは、善意に解釈するならば、「あまりお時間をとらせてはいけないので、短い時間でいいですから見てください」というつもりだったのです。それと同時に、「どうせ見るのにエネルギーなんていらないでしょう」というニュアンスも生まれます。
教える人は、全力を傾けて教えています。「ちょっと見る」ということは、できません。教わる人が「ちょっと」、教える人が「全力」という温度差があるのです。
これで相手に対するリスペクトがなくなります。全力をかけて添削したものを「ふーん」と言って受け取ってしまうのです。
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