デジタル化の2周目対応に失敗すると撤退も、もっとも好ましい対応は創造型の両利き――早稲田大学 ビジネススクール 根来龍之教授:ITmedia エグゼクティブセミナーリポート(1/2 ページ)
マクロ的には既存企業は強いが、常に少数の企業は破綻している。一方、急成長する少数の新興企業も存在する。2000年以後の破綻企業は、デジタル化への対応失敗企業が多く、全企業が切迫度は異なるがデジタル化対応を求められている。
アイティメディアが主催するライブ配信セミナー「ITmedia DX Summit vol.12 マルチクラウド時代の情報システム基盤戦略」が開催された。Day1の基調講演には、早稲田大学 ビジネススクール 教授の根来龍之氏が登場。「デジタル化の2周目問題 ―デジタル化の脅威は産業によって異なるが、全産業の問題もある―」をテーマに講演した。
デジタル化の脅威は産業により考え方が異なる
1990年以降、ネットにつながっているデバイスの数が急激に増え、2010年ごろから単なるネットビジネスではなく、IoTやAIなども含めたコネクテッドビジネスの世界が始まっている。
「ネットビジネスは、いつでも、瞬時に、世界中どこからでも、制約なく、顧客同士がインタラクションできる世界です。一方、コネクテッドビジネスは、自動化であり、リアルタイムであり、大量データ処理で、かつ現実+仮想の世界を作り上げました。これがデジタル化の歴史で、コネクテッドビジネスは2010年ごろからスタートしています」(根来氏)
デジタルトランスフォーメーション(DX)が注目され、デジタル化に対応できなければ生き残れないとまで言われるが、実は既存企業はそれほど弱くはない。ロンドンビジネススクールのバーキンショー教授の研究によれば、1995年と2020年のフォーチュン500とグローバル500の企業を比較してみると、どちらも30〜40%の企業は両方に登場している。一方、新たにリストに登場した企業は、フォーチュン500が17社、グローバル500が12社である。
1995年にリストに入りながら2020年までに破綻したのは、フォーチュン500が35社、グローバル500が10社であった。この中には、ブロックバスター(2010年)やコダック(2012年)、トイザらス(2018年)、シアーズ(2018年)、トーマスクック(2019年)などがあると思われる。これらの企業が破綻したのは、デジタル化だけが原因だとはいえないだろうが、デジタル化が原因の1つになっていることは確かだ。
デジタル化の脅威は、産業により考え方が異なる。例えばIT製品/サービスや金融サービスなどは、デジタル化の渦に完全にまきこまれており、デジタル化をしない限り生き残れない。しかし教育やホスピタリティ、配送、外食、ヘルスケアなどは、デジタル化の脅威はあるものの相対的には緩やかで、既存企業でも対応できる産業である。
一方、鉄鋼/アルミ、石油/ガスなどは、デジタル化による新興企業(デジタル・ディスラプター)が存在しない産業である。フォーチュン500やグローバル500で生き残っている企業は、産業ごとのデジタル化の脅威の違いが影響していることが考えられる。このような産業によるデジタル化の影響の違いを、IMDのウェイド教授は、「デジタルの渦」の中心にいる産業と周辺にいる産業という形で図示している。
「既存会社もそれなりに強いのですが、産業によってはデジタル化の大きな脅威を受けています。渦の中心では破綻した会社もあり、変化できなければディスラプターに負けてしまう状況にあります。それに加えて、日本企業の場合は欧米企業に比べ、歳をとるともうからなくなる<企業年齢による生産性低下>の問題もあります」(根来氏)。
デジタル化の2周目で対応が必要になる3つの問題
インターネットの商用化から始まった「ビジネスモデルのデジタル化」は、1周目のネットビジネスから、スマートフォンやIoT、AIなどの登場による2周目のコネクテッドビジネスの段階に入っている。1周目から2周目に移行するときには、「デジタル化の2周目問題」が発生する。デジタル化の2周目問題には、大きく以下の3つがある。
(1)1周目への対応が遅れた既存企業は、2周目以降はエントリー自身ができないかもしれない。
(2)1周目に生まれた新興企業でも、2周目に登場した第2世代の新興企業に挑戦され、シェアを取られ始めている企業がある。
(3)1周目のデジタル化をしのげた企業も、デジタル化の2周目への対応は難しくなるかもしれない。
例えばデジタルカメラは、1975年にコダックが発明したものである。富士フイルムも、1989年に価格130万円の製品を発表した。しかしデジタルカメラを広く一般に普及させたのは、古くからカメラ産業にいたこの2社ではなく、1994年にQV-10を発表したカシオ計算機であり、これ以降デジタルカメラの商用化が本格化する。一方、アナログカメラも同時に進化を続けており、1996年には取り扱いやすいAPSフィルムが登場している。
「注意が必要なのは、デジタル化により全市場が奪われることはないということです。QV-10は25万画素だったので、アナログカメラの代替になる製品ではなかったのですが、この産業は進化が早く、1998年にはアナログカメラに変わりえる製品が登場しています。興味深いのは、これらの製品を発表した会社には既存企業である富士フイルムやキヤノンも入っていたということです」(根来氏)
しかし、富士フイルムやキヤノンなどの会社は、コンパクトデジカメの出現には対応できたが、この産業の2周目のデジタル化の流れには勝てなかった。スマートフォン(スマホ)の登場である。2007年にiPhoneが登場し、現在はほとんどの人がスマホで写真を撮っている。カメラとスマホの販売台数の推移を見ると、銀塩カメラ(アナログカメラ)がデジタルカメラに置き換わり、2010年をピークに市場の主役がスマホに置き換わっていることが分かる。
「カメラ産業の1周目はデジカメの登場で、2周目がスマホの登場です。既存企業である富士フイルムやキヤノンなどは、1周目には対応できたのですが、2周目には対応できませんでした。キヤノンは、いまでもカメラを販売していますが、メインは一眼レフの市場です。富士フイルム、コニカミノルタ、ペンタックスは1周目で、ニコン、オリンパスは2周目で撤退しました(ニコンはデジタル一眼レフは継続)。2周目への対応が、既存企業にとってより難しいことが分かります。さらにこの市場における1周目の新興企業だったカシオは2周目には対応できませんでした」(根来氏)。
ほかの市場では、例えば出版業界の1周目はネット書店による販売であり、2周目が電子書籍の登場である。1周目は書店のみ被害を受けたが、2周目は出版社も大きな影響を受けている。しかし、2020年の電子書籍の国内市場規模は約400億円にすぎない。紙の書籍は約6600億円なので、電子はまだまだ小さな市場である。ただし電子コミックスは約3400億円で、すでにコミックスの中心市場になっている。ちなみに、紙のコミックスは約2100億円である。
根来氏は、「出版業界はいわゆる両利きの経営で、紙にも電子にも両方対応することが必要です。紙の漫画雑誌は新しい著者の発掘場所に位置付けが変わり、出版社自身が直販漫画サイトの運営を始め、電子雑誌をサブスクで提供するとともに、コミックスに関しては電子版を直販しています。漫画市場においては、既存企業が1周目を越え、2周目にも対応できています」と話す。
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