デジタル化の2周目対応に失敗すると撤退も、もっとも好ましい対応は創造型の両利き――早稲田大学 ビジネススクール 根来龍之教授:ITmedia エグゼクティブセミナーリポート(2/2 ページ)
マクロ的には既存企業は強いが、常に少数の企業は破綻している。一方、急成長する少数の新興企業も存在する。2000年以後の破綻企業は、デジタル化への対応失敗企業が多く、全企業が切迫度は異なるがデジタル化対応を求められている。
音楽市場は、すでに3周目に入りつつある。ダウンロードが1周目で、ストリーミングが2周目、ボーカロイドや初音ミクなど、人が歌わない技術への対応が3周目である。レシピ市場は、2000年ごろにスタートしたクックパッドのネットレシピサービスが1周目で、デリッシュキッチンやクラシエなどの動画レシピサービスが2周目である。この市場では、クックパッドという1周目の新興企業が、2周目で挑戦を受けている。
自動車は、カーシェアやライドシェアが1周目で、2周目は自動運転である。自動車業界は、カーシェアやライドシェアの影響を受けてはいるがそれほど大きくはない。しかし2周目では、バスやタクシー、配達などの自動車が自動運転になっていくことが予想され、自動車メーカーへの影響はもっと大きなものになるだろう。2周目の対応を間違えると、既存企業は大きな影響を受けることになる。バスが停留所以外でも止まり、配達車が自宅まで自動で来てくれると、自家用車の位置付けは変わらざるを得ない。
デジタル化のスピードと範囲を予測できないため既存企業の対応が困難に
多くのデジタル化は、市場の一部分だけがデジタル製品に奪われるという部分代替から始まる。いくつかの市場は、完全代替により既存市場が新興市場に飲み込まれるが、部分代替が続き、少しずつ完全代替に進む市場が多い。デジタル化の進行スピードや範囲は、予想が難しい。そのため、既存企業はデジタル化への対応が難しくなる。新聞や電子書籍、ICタグ、PCサーバなどは未だに部分代替状態だ。一方、デジカメやICカードチケットは、ほぼ完全代替に到達している。
根来氏は、「あらゆる産業が、100年、200年という長いスパンで見れば完全代替に至るのかもしれません。しかし、実際にはそれほど速いスピードではイノベーションが進まない産業もあります。だからこそ、既存企業が生き残っている現実があります。自分の産業の変化のスピードや変化の幅が、当事者には必ずしも予想できないということがデジタル化対応を難しくしている要因です。スピードが遅いが故に自分の産業は安全だと思い込んでしまうという問題が既存企業にはあります」と話す。
デジタル化対応においては、結果として既存企業は、組織、プロセス、企業文化、風土を変革することが必要になる。しかし、メインはDXによるビジネスモデルの変革である。デジタル技術を活用して、顧客への価値提案を変革し、必要であればビジネスモデル全体を変革することが既存企業は求められる。
デジタル製品による代替が遅く、バリューチェーンが変わらない企業は、既存企業がデジタル化に対応しやすい市場である。デジタル製品による代替が速く、バリューチェーンが大きく変わる企業は、残念ながら新興企業が圧倒的に強く、既存企業が退却を迫れることが多い。問題はその中間の産業である。例えば収穫型の両利きである新聞産業は、現在は多くの消費者が紙で読んでいるが、将来的には電子版がメインになる。変化にちゅうちょしていると、中には撤退を余儀なくされる会社も出てくるだろう。
また創造型の両利きでは、小松製作所(コマツ)の取り組みが参考になる。コマツでは、デジタル化の1周目として、建設機械の情報を遠隔で確認するシステムであるKOMTRAXを、2周目として、土木工事のプロセス全体のあらゆるデータをICTで有機的につなぐスマートコンストラクションを開発している。スマートコンストラクションは、建機の自動化にとどまらず、コマツの顧客である建設会社や土木会社、工務店が必要とする工事現場全体のデジタル化を支援する取り組みである。そのため、プラットフォームビジネスに当たるLANDLOGにより、測量、作業、運搬などの全範囲にわたって自社以外の会社にも進捗データをできるだけ自動入力してもらい、分析基盤を作り、土木工事全体の効率化を目指している。
第三者の企業も使ってくださいというプラットフォームビジネスでは、中立性と顧客の立場でデジタル化を考えることが必要で、これに挑戦しているのがコマツである。こうした取り組みは、提供機能を次々と変革していくことが必要だ。何がうまくいくか、顧客がどこまでを必要としているかは事前にすべては分からない。試行錯誤が必要になる。
根来氏は、「全ての企業がデジタル化を求められています。ただし製品代替のスピードと影響範囲は多様です。もっとも好ましい対応は、コマツに代表される創造型の両利きで、トヨタ自動車もこの方向を狙っています。そのためには、既存事業の文化や制度が保守的な日本においては、多くの場合<デジタル事業の出島化>が必要です。一方、新聞社などの収穫型の両利きでは、ゆでガエル状態になる可能性があり、デジタル化の1周目はしのげても、いくつかの企業は2周目対応が難しくなるかもしれません」と話している。
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