経営から現場まで、「境界を越えてつながる」人材育成と組織風土変革がDX推進の鍵――旭化成 原田典明氏:デジタル変革の旗手たち(1/2 ページ)
2016年よりデジタル技術を活用して400を超える現場の課題解決に取り組んできた旭化成グループ。多様な事業から生まれる「データ」と、それを活用する「人」を価値の源泉と捉え、グループの総合力を結集し、「持続可能な社会への貢献」と「持続的な企業価値向上」の実現に向けたDX推進に取り組んでいる。旭化成グループのDX推進について、ITmediaエグゼクティブ プロデューサーの浅井英二が話を聞いた。
旭化成では2021年5月、それまでにも取り組まれてきたデジタルトランスフォーメーション(DX)について「Asahi Kasei DX Vision 2030」を策定し、同グループが目指すDXの姿を明確にした。「デジタルの力で境界を越えてつながり、“すこやかなくらし”と“笑顔あふれる地球の未来”を共に創る」世界だ。そこに至るDX推進のフェーズを「デジタル導入期」「デジタル展開期」「デジタル創造期」「デジタルノーマル期」の4つに分け、2022年度からは、DXによる新しいビジネスモデルや新事業の創造に全社を挙げて取り組んでいる。
DXの進捗を測るマイルストーンとしては、「DX-Challenge 10-10-100」という目標の達成を掲げる。2024年度までにデジタルプロフェッショナル人材を2021年度比で10倍(グローバル全従業員のうち2500人程度)、グループ全体のデジタルデータ活用量を2021年度比で10倍、選定した重点テーマで100億円の増益貢献(2024年度までの累計)を実現するという意欲的なものだ。
この数値目標の達成を通過点とし、デジタル活用が当たり前になる「デジタルノーマル期」に向け、同社では製造現場も巻き込んだ、全従業員約4万人を対象とした自己研さん型の学習プログラムが進められている。
従業員一人一人が自主的に学び、スキルを習得し、個々が成長する「人材育成」と、人と人がつながり、組織が成長して自律的にDX推進が進む「組織風土変革」により、デジタルを活用した継続的な無形資産の形成と活用に取り組んでいる旭化成のDX推進について、上席執行役員 兼 デジタル共創本部 DX経営推進センター長 原田典明氏に話を聞いた。
デジタルプロフェッショナル人材を10倍の2500人に
「Asahi Kasei DX Vision 2030で掲げた“境界を越えてつながる”というキーワードには、さまざまな意味があります」と原田氏は話す。「旭化成グループには、数多くの事業があり、事業間で商流、物流が違うので、独立性を保ちながら、事業を越えてつながり、新たな価値を生み出すことが重要だと考えています。主力事業である、マテリアル、住宅、ヘルスケアの3つの領域はもちろん、部門、全社、企業間を越えたエコシステムが重要になります。さらに国や文化を越えることも必要で、いまや1社だけでは成り立たないビジネスが増えています。そこで、デジタルを活用して境界を越えてつながる人材が重要になってきます」と話す。
旭化成は2022年4月からスタートした「中期経営計画 2024〜Be a Trailblazer〜」においても、経営基盤強化のための重要なテーマとして、グリーントランスフォーメーションや無形資産の最大活用と並んで、DXの推進と「人の変革」を掲げている。
2022年12月には、「終身成長」を実現するため、学びのプラットフォーム「CLAP(Co-Learning Adventure Place)」の運用を開始している。従業員がそれぞれの関心やニーズに合わせて、プログラミング、マネジメントやリベラルアーツなど幅広い知識を約1万2000種類のコンテンツから学ぶことができるという。原田氏は、「旭化成はモノづくりの会社ですが、結局は人が財産です。そこでDX推進でも人材に焦点を当てた取り組みを推進しています。CLAPの主体は人事部ですが、そのための技術支援に関してはデジタル共創本部で提供しています」と話す。
デジタル人材育成プログラム「DXオープンバッジ」は5段階のレベルで構成されている。レベル1ではデジタルの基本を理解し、レベル2では業務で活用できるスキルや知識を保有、レベル3では実際に業務改善に活用できるようにする。各レベルのテストの合格者には「旭化成 DX Open Badge」が付与される。このオープンバッジは、世界的な技術標準規格であるIMS Global Learning Consortiumに準拠したもので、名刺に印刷するほか、SNSやメールのフッターでアピールできるという。
原田氏は、「学習コンテンツは10言語に翻訳されており、海外拠点にも展開しています。最大のメリットは、経営も、現場も、同じ教材で勉強をしているという距離感」と話す。現在、小堀秀毅会長、工藤幸四郎社長はもちろんのこと、現場を含めた約半数の従業員がレベル3まで取得しており、経営から現場まで、部門や階層の壁を越え、同じ尺度でものごとを考えられるようになったという。2023年までには全従業員4万人がレベル3までの合格を目指しており、より一層のデジタル活用が進むと期待している。
一方、レベル4とレベル5はDXを推進・けん引するデジタルプロ人材の育成を狙ったものだ。これまで実施してきたMI(マテリアルズ・インフォマティクス)中級・上級人材育成やパワーユーザー育成、高度専門職(ITフィールド/デジタルイノベーション領域)に加え、幅広い現場でデジタルを高度に活用するための実践的な育成プログラムを構築していくという。レベル4では事業の競争優位力を強化する力を養い、レベル5では組織・事業の変革をけん引できる人材を育てる高度なものだ。Asahi Kasei DX Vision 2030のマイルストーンであるDX-Challenge 10-10-100では、2024年度までにデジタルプロフェッショナル人材を2021年度比で10倍である2500人程度まで増やす目標を掲げている。
データマネジメント基盤を整備してデジタルデータ活用量も10倍に
DXの成功要因を「人、データ、組織風土」の3つと考えている旭化成では、グループ一体となった価値創造を加速させるためには、グループ内に蓄積されたデータ資産を横断的に活用できる仕組みが必要と考えている。そこで2022年4月に、旭化成グループの多様なデータをつなぐデータマネジメント基盤「DEEP(Data Exploration and Exchange Pipeline)」の本格稼働を開始した。DEEPを含めたさまざまなデジタル施策を通じ、グループの多様な無形資産を最大限に活用することでビジネスモデル革新を目指している。
DEEPは、散在するデータの検索機能(データカタログ)とシステム間でのデータ連携機能(データハブ)で構成。データ活用のリードタイム短縮や効率化、生産性向上を実現し、データガバナンスの整備、データ活用文化の醸成を実現する。
「DEEPによりデータを活用し、データドリブンな会社になることが理想です。現場側は実現しつつあるので、今後は経営側でもより良い意思決定が行えるようデータの活用を推進できればと考えています」と原田氏。
また、データを活用したコミュニケーションも、重要な要素の1つ。データ分析やマテリアルズ・インフォマティクスを活用する人材の交流の場など、社内にさまざまなコミュニティが立ち上がっており、同じデータを基にした活発なディスカッションがスタートしているという。
原田氏は、「コロナ禍では物理的に離れていても、Web上でその距離を越えてコミュニケーションができることが認識できた。特にデジタルの活用が当たり前になるデジタルノーマル期では、Z世代が生き生きと仕事ができる環境を作りたいと思っています」と話す。
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