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DX推進は経営そのもの、守りも攻めもできるところから一気に――H2Oリテイリング 小山徹氏デジタル変革の旗手たち(1/2 ページ)

H2Oリテイリングでは2021年度からの3年間で260億円を投資して、ワークスタイルの変革や業務のデジタル化を通じた生産性の向上はもちろん、オンラインとオフラインの融合(OMO)施策や、新たな顧客を取り込む新事業モデルへの挑戦を加速する。同社のIT・デジタル化の推進について、ITmediaエグゼクティブ プロデューサーの浅井英二が話を聞いた。

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 「地域住民への生活モデルの提供を通して、地域社会になくてはならない存在であり続けること」を基本理念に掲げ、関西エリアを中心に、百貨店、食品スーパー、ショッピングセンター、専門店やコンビニエンスストアなどを展開するエイチ・ツー・オー リテイリング(H2Oリテイリング)。百貨店事業では「阪急百貨店」を関西地区に7店舗、関東地区に3店舗、九州地区に1店舗、「阪神百貨店」を関西地区に4店舗運営。食品事業では「イズミヤ」を関西エリアに96店舗、「阪急オアシス」を京阪神エリアに77店舗、「関西スーパー」を兵庫県、大阪府、奈良県に63店舗展開している。(店舗数は2023年6月30日時点)

 それぞれの事業で強固な顧客基盤を築いてきたH2Oリテイリングだが、2020年4月に体制が変わり、同社の代表取締役社長に荒木直也氏が、中核事業会社である阪急阪神百貨店の代表取締役社長に山口俊比古氏がそれぞれ就任したのを機に同グループはビジネスのあり方を見つめ直す。コロナ禍による環境の激変もあり、翌年には目指すビジネスモデルを「コミュニケーションリテイラー」と位置づけた「長期事業構想2030」を打ち出す。


新たなビジネスモデル「コミュニケーションリテイラー」

関西圏1000万人の「グループアクティブ顧客」獲得に向けた新事業モデル

 長期事業構想2030では、あるべきビジネスモデルを「コミュニケーションリテイラー」とし、顧客とのダイレクトで継続的なコミュニケーションを通じて、一人ひとりに合った価値・商品・サービスを提供することで関西圏1000万人のアクティブ顧客獲得を目指す。鍵を握るのは新たな顧客を取り込む新事業モデルへの挑戦だろう。地域生活に密着したオンライン機軸のサービスを「食」の領域から始め、さらにパートナーとの協業を通じてサービスを拡大、顧客データを活用したB2Bのビジネスモデルも模索するという。

 長期事業構想2030の実現に向けた、IT・デジタル化の推進について、H2Oリテイリング 執行役員 IT・デジタル推進室長の小山徹氏に話を聞いた。

コロナ禍という未曾有のピンチをチャンスに変えるにはDXの推進が不可欠


H2Oリテイリング 執行役員 IT・デジタル推進室長 小山徹氏

 2023年5月8日に、新型コロナウイルス感染症の感染症法上の位置付けが「5類」に引き下げられたが、2020年4月に最初の緊急事態宣言が発令されてからの約3年余り、多くの日本企業がコロナ禍で痛手を負った。小売業も例外ではなく、ほとんどの百貨店店舗において、臨時休業したり、営業時間を短縮したりといった措置を余儀なくされ、業績も低迷した。

 小山氏は、「リアルの店舗を強みとしていたためデジタルでの顧客接点が遅れていました。緊急事態宣言が発令された2020年4月は、ちょうど会社の体制が大きく変わった時期でもあり、このままでは立ち行かないと変革を迫られていたところでした」と当時を振り返る。

 コロナ禍が新しい経営陣の危機感に追い打ちをかけた恰好だ。同社は、それまでの中期経営計画を取り下げ、新たな「中期経営計画(2021-2023年度)」を2021年7月に発表、併せて次の10年を見据えた長期事業構想2030も打ち出した。ITやデジタルが大きな役割を担うのは言うまでもない。

 「会社に行けない、百貨店を営業できない、スーパーは営業できるが密を作ってはいけない。この未曾有のピンチをチャンスに変えるためには、デジタル変革(DX)を進めるしかありませんでした」(小山氏)

 小山氏は2020年7月、社長特別補佐(業務委託)として同グループに参画、デジタル化を支援すべく、現状の見える化とIT中期計画の策定に取り組んだ。2021年4月からは経営メンバーに加わり、7月からIT中期計画をスタートさせた。「コロナ禍の真っただ中で、やるべきことが山積していました」と小山氏。

 「デジタル化を進めるためには、まずは紙ベースのビジネスをデータ中心に変えていくデジタイゼーションが必要です。次に業務プロセスも含めてデジタル化を推進するデジタライゼーション、さらにグループが目指すビジネスモデル「コミュニケーションリテイラー」を実現するデジタルトランスフォーメーション(DX)が求められています。H2Oリテイリングでは、デジタイゼーション、デジタライゼーション、そしてDXを同時に進めなければなりませんでした」(小山氏)

スタートして2年、着実に成果を上げつつあるIT中期計画

 コロナ禍により、顧客は外出の自粛が求められ、百貨店は休業を要請され、これまで当たり前だった顧客との対面販売ができなくなった。リアルの店舗を強みにしていた同グループだが、デジタル技術を融合したビジネススタイル、いわゆるOMO(Online Merges with Offline)の構築が特に百貨店において急務となったわけだ。そこでこれまで顧客との対面販売の質を向上させるために使っていた投資をデジタル化にシフトし、顧客とデジタルでつながるための基盤を構築することに。現在、阪急百貨店と阪神百貨店で提供されている「Remo Order(リモオーダー)」は、顧客が自宅や外出先からスマートフォンを利用して商品を注文できるリモートショッピングサービスで、ビジネスモデル特許も取得している。

 「1人のお客様に、百貨店ごと、店舗ごとにアプローチしても、お客様の期待に応え、満足度を最大化することは難しいでしょう。お客様のデータに基づいて商品やサービスを提供するための全社的な基盤が必要であり、その上で稼働するサービスのひとつがRemo Orderです。こうした革新を一気に進めるためには、ペーパーレスのデジタイゼーションから、社員同士が横でつながるデジタライゼーション、さらに既存のビジネスモデルとお客様をデジタルでつなぐことができるDXが不可欠です」(小山氏)

 社内のシステムでも、例えば紙に印刷して配布していた給与明細を、デジタルで配信するSaaSの仕組みを導入し、スマートフォンやPCから、いつでも、どこからでも確認できるようになった。SaaSを活用することで、給与明細だけでなく、カレンダーやドキュメント、データなども共有することができるほか、外出先や自宅からでも標準PCを利用して業務を遂行できるようになり、これらを実現するために、会社ごとにバラバラだった従業員番号も全社で統一した。

 小山氏は、「よく“攻め”と“守り”と言いますが、従業員とお客様に対し、経営側ができるデジタル化は一気に進めた方がいいと考えています。裏では自動化されていない部分があるかもしれませんが、従業員にデジタル環境を提供できなければ、お客様に提供することはさらに難しいでしょう。そこで現在、お客様のフロント部分、従業員のフロント部分からデジタル化を進めています。こうした取り組みにはコストがかかりますが、コストをかけなければ全社的なDXは実現できません」と話す。

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