AI活用で世界の内視鏡医療の向上に貢献したい――AIメディカルサービス 多田智裕CEO:デジタル変革の旗手たち(1/2 ページ)
内視鏡の画像診断を支援するAIが世界を変えようとしている。日本でこそ内視鏡で早期発見が可能な消化管がんだが、世界では多くの患者が命を落としているのが実情だ。内視鏡AI検査でがんの見逃しゼロを目指す医療ベンチャー、AIメディカルサービスの取り組みについて、ITmediaエグゼクティブ プロデューサーの浅井英二が話を聞いた。
2017年9月、「世界の患者を救う 〜内視鏡AIでがん見逃しゼロへ〜」というミッションを掲げ、内視鏡の画像診断支援AI(人工知能)の開発を目的に設立されたベンチャー企業がAIメディカルサービス(AIM)である。同社は、がん死亡者の約3割を占め、もっとも死亡者数の多いとされる食道から胃、大腸、肛門に至る消化管がんを早期に発見するための内視鏡画像診断用ソフトウェア製品「gastroAI」、および対策型胃内視鏡検診サポートサービス「gastroBASE」を事業として展開している。
内視鏡医療は、日本が最先端であり、質、量ともに世界最高水準のデータを蓄積している分野だ。AIMでは、この蓄積された膨大なデータを生かすべく、現在100施設以上の医療施設と共同研究、および製品開発を進めている。東京大学医学部と同大学院を卒業したのち、東京大学医学部附属病院、三楽病院、東葛辻仲病院などで医師として従事し、2006年には「ただともひろ胃腸科肛門科」を開業するなどして患者と向き合ってきたAIM多田智裕CEOに、AIM設立経緯や医療業界でAIを活用する意義などについて話を聞いた。
内視鏡検査の普及は促進しても医師によっては病変見落としが
国立がん研究センターが運営する公式サイト「がん情報サービス」で公開されている2022年のがん統計によれば、胃がんや大腸がんなどの消化管がんを合計すると、がんの死亡原因のトップになり、日本で約30%、全世界でも約26%を占めるという。この消化管がんを早期に発見し、治療するための検査方法が日本で広く行われている内視鏡検査だ。
内視鏡医療の発祥は日本であり、市場はオリンパスと富士フイルム、HOYAという日系メーカーが世界シェアの98%を占めている。また日本では、内視鏡検査が広く普及しているため内視鏡医が多く、そのレベルも高いことから高品質なデータが膨大に蓄積されているという。
消化管がんの中でも胃がん、食道がんは、早期ステージでの発見が生存率に大きく影響するため、早期発見する内視鏡検査の普及拡大が多くの患者を救うことにつながる。しかし、多田CEOがクリニックを開業した2006年〜2010年ごろの内視鏡検査は、胃カメラといえば嘔吐反応が強く、大腸カメラは検査時の痛みがひどいことから「2度と受けたくない」という患者が多かった。
「まずは安全に、苦痛なくできる内視鏡検査を実現することで、内視鏡検査を広く普及させる取り組みが必要だった。例えば胃カメラは、口だけでなく、鼻から入れることで楽に検査ができるように改善し、大腸カメラも検査の教科書を作るなどの啓もう活動を続けてきた。こうした改善努力により、この15年間で内視鏡検査は安全かつ苦痛なくできるようになった」(多田氏)
内視鏡検査の普及は促進したものの、医師によっては病変の見逃しが2割以上もあるといわれており、市区町村が主導する胃がん検診においては、それを防ぐために必要な大量の2重チェックが負担となって専門医が疲弊している。また、世界では、内視鏡医の質も、量も足りず、依然として多くの命が失われているのが実情だ。そこで診断精度の向上が、多田氏の次のチャレンジとなった。
「診断精度の向上はマンパワーでもできるが、医師がAIと一緒に判断すれば、見逃しや診断ミスを低減し、より一層精度の向上が期待できる。内視鏡検査が抱える問題に立ち向かい、それを全世界に展開することで、世界の内視鏡医療の向上に貢献したいという思いで設立したのがAIMだ」(多田氏)
gastroAIとgastroBASEで世界に通用するプログラム医療機器を日本から
AIMの強味のひとつが、産官学との連携が強固なことだ。内閣府、厚生労働省、経済産業省、国会議員など、国をあげた応援体制により規制緩和が進み、AI医療機器の開発や市場投入が促進される土壌が整いつつある。また100を超える世界有数の医療機関との連携体制を構築していることも大きな強味だ。医療AI分野、AI医療機器分野では、2030年までにプログラム医療機器が29兆円産業になるといわれており、AIMは内視鏡AIの世界的リーダーとしてのポジションを確立するための共同研究も積極的に進めている。
多田氏は、「これまでの医療機器は、ほとんどが海外からの輸入品だったが、プログラム医療機器に関しては日本政府も主要産業になると考えている。約2年前に実用化促進パッケージが提供され、2023年9月には、その更新版が公表された。その中では、プログラム医療機器が実用化促進だけでなく、日本から世界に向けて通用する産業に成長させる取り組みがうたわれている」と話す。
AIMが開発したgastroAIは、内視鏡検査中に肉眼的特徴から生検などの追加検査を検討すべき病変候補を検出し、医師の診断補助を行う内視鏡診断支援システムだ。内視鏡のカスタマイズが不要でそのまま使えるのが大きな特徴だ。AIをインストールした汎用デバイスを既存の内視鏡機器の標準端子にケーブルでつなぐだけで使い始められる。現在、胃がんを対象にしたAIを提供しているのは、AIメディカルサービスを含めてグローバルで4社しかなく、さらに、日本国内で販売されているAI製品の中でオリンパス、富士フイルムの両方の内視鏡機器に利用できるのはgastroAIだけだ。
「早期がんを目視で見つけることは、非常に難しいのだが、数千件の胃がんを学習したAIを搭載したgastroAIがサポートしてくれることで、がんなのか、ポリープやびらんなどの非がんなのかをより高い精度で判定することができる。また、例えば大腸の内視鏡検査では、臨床現場にAIの導入が進んでおり、ポリープの見逃しが半分以上減り、AIを使用することで延びる検査時間は10秒程度だという報告もある。当社もこれまで、胃がんや食道がんなど、あらゆる分野においてすでに50本以上の論文を発表している。」(多田氏)
またプログラム医療機器だけでなく、クラウドベースで「対策型胃内視鏡検診」サポートサービスを提供していることもAIMの特長だ。対策型胃内視鏡検診は、厚生労働省が「がん予防重点健康教育及びがん検診実施のための指針」に基づき、2016年より市町村が50歳以上の住民を対象に、バリウム検査だけでなく、比較的安価に胃内視鏡検査を選択できるようにした制度である。しかし対策型胃内視鏡検診を実施する医師は、内視鏡の専門医とは限らない。そこで検診の精度を担保する2次読影(専門医によるダブルチェック)が必要であり、そのためのサービスがgastroBASEである。
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