2024年にインサイトマーケティングが企業の戦略を握る理由(1/2 ページ)
インサイトを探ることなく、現象面としての行動だけを追っていては、成長戦略を考えることができない。
なぜ今インサイトが必要なのか
ここで言うインサイトとは、「コンシューマー(消費者)インサイト」のこと。消費者の購買行動の裏にある心理を見つけ出し、行動を喚起する、いわば「心のホットボタン」である。
インサイトはもともと、広告のクリエイティブ表現を効果的にする、言い換えれば人々の心を捉える広告表現を創るために生まれた考え方だ。発祥は、1980年代の英米の広告代理店である。
しかし、今、インサイトをより必要としているのは、メーカーやサービスなどの事業会社のほうである。広告表現などの川下ではなく、もっと上流の事業戦略やブランド戦略を立案するために、骨太のインサイトを見出し、活用することが不可欠になっている。
その背景には、デジタルシフトに代表される、人々の行動の多様化がある。
デジタルシフトによって、人々の行動をリアルタイムで詳細に把握できるようになったことで、マーケティング活動は、しばしば、消費者の行動という現象面を追いかけがちだ。
デジタル広告やECなどでのクリエイティブ表現は、極論すれば、ABテストを繰り返せば、あるいはAIが複数の広告表現から最も効果的なものを自動的に選んで運用してくれるサービスを利用すれば、人々の心理を知らなくても、効果を高めることができる。
なぜ、人々がその商品を買ったりサービスを利用したりするのか、行動の裏にある心理を知らなくても、一定の成果は出せるのだ。
しかし、事業戦略やブランド戦略といった川上の戦略を立案するためには、人々の消費行動の元になっている本質的なニーズを見極めることが欠かせない。インサイトを探ることなく、現象面としての行動だけを追っていては、成長戦略を考えることができない。
事業の成長をもたらすインサイトを探り当てるには、「問いを立てる力」が必要だ。誰の、どういう領域のインサイトを探れば、事業を成長させることができるのか。インサイトを探る前に、事業の最終責任を負う意思決定者を含む関係者全員で、「問いを立てる」ことに注力するのが肝要である。
例えば、ある商品のユーザーは「男性」が中心で、「女性」はほとんど使っていないというデータがあったとしよう。この商品の成長戦略を考える上で、どんな「問い」が立てられるだろうか。
1つは、「男性」が使っているわけだから、「なぜ男性が使うのか?」という問いを立てる考え方。この問いの答えとなるインサイトが見つかれば、その心理をとらえたマーケティング活動を行って、さらに男性の使用を促進することになる。
もう1つは、「女性」が使っていないことに着目する考え方。「なぜ、女性は使っていないのか? どういう女性のインサイトを捉えれば、女性にも使ってもらえるのか?」という問いを立てることになる。
短期的には、男性インサイトを捉えた方が効果的だが、男性の取り込みは飽和状態になるかもしれない。中期的な事業の成長を目指すには、女性インサイトを探るべきだという結論に至る可能性も大いにある。
このように、現状分析という過去の消費行動データをもとに、インサイトを探る「問い」を立てる場合もあれば、将来の成長に向けて「新たな消費行動をつくる」ためのインサイトを探る「問い」もあり得る。事業の成長を達成するためには、まず、誰のどのようなインサイトを探るのか、という「問い」を立てることが重要なのである。
パナソニックのヒット商品「ラムダッシュ パームイン」、その背景となった「ポケットドルツ」
優れた「問い」と、そこから導き出したインサイトで、ヒット商品を生み出した事例を紹介しよう。
まず、ポケットドルツ。小型で持ち運びができる、電動ハブラシだ。それまで、電動ハブラシのユーザーは中高年男性が中心で、歯周病予防のためのものだった。メーカー各社は、中高年男性が求める「歯垢除去率」や「振動数」を競っていたが、電動ハブラシ市場全体は伸び悩んでいた。
そういう状況の中、パナソニックは「なぜ、女性は使わないのだろうか? オフィスの化粧室で手磨きしているのに」という問いを立てた。そして、「今の電動ハブラシは、サイズが大きすぎてポーチに入れられず、音も大きく、オヤジ臭くて恥ずかしくて使えない」という心理的な抵抗感をインサイトとして見つけ、「マスカラサイズ」の商品開発と「(歯周病予防ではない)ビューティケア」というポジショニングによって、ヒット商品を生み出した。
このポケットドルツは、女性ユーザーを新たに開拓したが、実は若い男性にも好評だった。その流れを汲んでいるのが、小型でスタイリッシュな電動シェーバー「ラムダッシュ パームイン」だ。
手のひらサイズで、丸いスタイリッシュなデザインは、今までの電気シェーバーとは一線を画して、ヒット商品となった。
この商品開発の元になった問いは、「男性だって、オシャレなシェーバーを求めているのではないか?」という仮説である。それまで、メーカーは「剃れる」という性能ばかりを追求してきたが、「持ち運ぶには大きすぎる」し、自宅の洗面台に置いたとき「ごつい」という異物感がある。
ラムダッシュ パームインは、「男は、メカニックなデザインが好き」という固定観念を覆し、持ち運んでも自宅の洗面台に置いてもスタイリッシュなシェーバーを実現したのである。
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