単純に示すのが「禅」――無駄なものをそぎ落とすと最終的に本質が見えてくる:ITmedia エグゼクティブ勉強会リポート(1/2 ページ)
産業革命以降、人口は増え続け、工業化により生態系に深刻な影響が出るなどの変化が人類全体の課題となっている。この大転換期を東洋の知恵や禅のアプローチを通じて乗り越えるためのヒントを学ぶ。
ライブ配信で開催されているITmedia エグゼクティブ勉強会に、zentreの代表取締役で、ビジネスコーチのパートナーエグゼクティブコーチ、およびインターナショナルZENカルチュラルセンター理事である吉田有氏が登場。「『禅ZENから学ぶ大転換期のマネジメント』〜変化の時代を乗り越える課題へのアプローチ〜」をテーマに講演した。
西洋的思想では果実に重点が置かれ東洋的思想では根や土壌が重要になる
「いま、時代は大転換期であるということを、多くの人が感じていると思います。例えば30年、40年前の昭和と比べると、いまは転職やフリーランスが当たり前ですが、昭和は終身雇用でした。また分からないことがあれば、現在は検索サイトで調べますが、昭和は辞書や百科事典などでした。さらに現在、スマートフォンで仕事をしていますが、昭和は固定電話が当たり前で、携帯電話の登場は大きな衝撃でした」(吉田氏)
こうした大転換期はいまに限ったことではない。200年前、農業をはじめとする第一次産業が中心だったが、産業革命により工業化と都市化が進み、生活水準が飛躍的に向上。インフラである電気やガス、水道が整備され、インターネットやスマートフォンを使った快適な生活が当たり前になった。一方、工業化により、環境汚染や森林破壊など、生態系に深刻な影響が出ており、これが人類全体の課題にもなっている。
吉田氏は、「IPCC(気候変動に関する政府間パネル)から、『このままでは人類の進歩に極めて厳しい状態になる可能性がある』と報告されています。また十数万年前に人類が登場してから、人口はほとんど横ばいでしたが、産業革命をきっかけに、25億、50億、60億、67億人と人口が増え、2050年には92億人になると予測されています。そこで、これまでとはまったく違う、大きな転換が必要だと考えています」と話す。
産業革命の考え方の基盤になったのが近代西洋思想である。近代西洋思想とは、曖昧さを排除し、物事を客観的かつ分析的に捉える思想。一方、東洋思想は、孤立したものはなく、全てつながっていて、見えないものも含めて包括的に捉えていく思想である。吉田氏は、「西洋的なアプローチは、KPIや数字、論理、エビデンスにより明確にすることで納得し、前に進んでいくもの。東洋的なアプローチは、イメージとか直感力であり、明確なものというよりホリスティックなイメージです」と話す。
樹木に例えると、西洋的なアプローチは見える部分の果実に重点が置かれるが、東洋的なアプローチでは見えない部分の根や土壌も重要になる。これを東洋思想で言えば、陰と陽の「陰陽論」になる。陽とは太陽であり、成長・発展を意味し、陰とは月であり、止まって振り返ることを意味する。現在の陽と陰のバランスは、陽が強すぎるため、陰的なもの、つまり東洋的なものに意識を向けていく時代であり、目に見えないものに注目すべきインビジブルの時代だという。
吉田氏は、「陰陽論を企業的に言えば、見える資産、見えない資産です。見える資産は、建物や設備、商品、金融資産、不動産などですが、最近は技術力や匠の技、知的資産、お客様の信頼など、目に見えない無形資産も注目されています。最終的には、経営者の思想や哲学など、目に見えないけれども大事なものの時代になるのではないかと思っています。またダイバーシティや多様性の時代においても、より深いレベルの思考や哲学が必要で、その1つが禅です」と話している。
先が読めないVUCAの時代に重要になるのが「禅的キャスティング」
ビジネスパーソンのための禅のキーワードは3つあり、(1)「手放す」と「手に入る」、(2)禅的キャスティング:「いまここ」のための目標、(3)対立や矛盾への向き合い方だ。
(1)「手放す」と「手に入る」
マルチタスクや情報過多で常に忙しい親と子どもが散歩している絵がある。この絵を見て、親の脳の状態と子どもの脳の状態では、どちらの状態の方が仕事の生産性を高めることができるだろうか。分かりやすく質問を変えると、現実を認識しているのは親か、子どもかである。現実とは目の前に太陽と山がある状況で、子どもはちゃんとそれを見ているが、親はなかなか現実を見ることができない。
「禅という字は『示』辺に『単』と書きます。単純に示すことが禅であると言い換えることもできます。単純に示すというのは、物事をシンプルに捉えるということです。物事をシンプルにするためには、余分なものを取り払う、無駄なものを削ぎ落とすことが必要です。無駄なものをそぎ落としていくと、最終的に見えてくるのは本質的なもので、本質にたどり着くことで、いまやるべきことに集中できます」(吉田氏)。
無駄なもの、自分だけというエゴ、オレがオレがというプライド、先入観、成功体験、思い込み、固定観念を手放すことで、「いまここの集中」を手に入れることができる。吉田氏は、「いまここの集中とは、1つひとつを丁寧にやるということです。1つひとつ物事を丁寧にやると、いろいろなものが見え、物や人を大事にします。効率を追求するとスピード感はあるかもしれませんが、大事なものが見えず、荒くなります。だからこそ1つひとつを丁寧にすることが大事になります」と話す。
(2)禅的キャスティング:「いまここ」のための目標
ビジネスには、過去のデータをもとに将来を予想する「フォアキャスティング」、そして目標のためにいまがあるという「バックキャスティング」という考え方がある。しかし大混乱期や先が読めないVUCAの時代においては、過去から未来を読むことが難しくなる。そこで重要になるのが「禅的キャスティング」である。
「禅的キャスティングは、『未来をいま、ここに持ってくる』『いまここのために目標がある』という考え方です。例えば、行き先はAという目標だが、Bになってもよいということです。スティーブ・ジョブズの言葉に『Journey is the reward(旅路こそ報酬だ。終着点は問題ではない)』というものがあります。終着点は問題ではなく、旅路の過程、車窓の景色を1つひとつ楽しむことが大事だということです」(吉田氏)。
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